ブルーになってみただけ

 寝れぬ。眠れぬ夜、二日目に突入でござる。なかなか世知辛いや。ベッドに横たわると動悸がして、目が冴えちゃうんだよなー。だから諦めて、本の断捨離を敢行。カラットちゃんは、ぐっすり眠ってくださいね!本の断捨離をしていたら、洋服の断捨離もしたくなり、ついでに敢行。夜中にガサゴソするなって話ですよね。テヘペロ

 断捨離をしていて思いました。私はシンプルライフに憧れながらも、ポンポン買いすぎだと自覚。収納に収まっているからよし、と自分を甘やかしてきましたが、一つのアイテムにつき、所持数が多いのなんの。ニットも一生分あるので、もう買わない。上着も一生分ある。帽子もマフラーも手袋も…

 めがねへの執着も凄まじく、またまた老眼めがね博物館へ突撃しようとするも、水曜定休でしたわ。調べてよかったー。少し前のマイブームは、波瑠のドラマの影響で細フレームのめがね、今は石田ゆり子の影響で太いフレームのカジュアルなめがねがほちい。早速買いましたが、まだほちい。いっそのこと死んだ方がいいかも。

 すぐに芸能人に影響されるのがね。バカの極みだよね。えへへ。めがねを下取りに出し、代わりに一本新調しようか迷っていたら、知らぬ間に下取り期間終了。一応、循環させようという気はあるんですのよ?その気はあるんだけど、グズグズしていたら終わっちゃうのよ。波瑠がドラマで細フレームを掛けるや否や、空前のめがねブーム到来。

 それ以前も母上の若かりし頃を真似して、よくめがねは掛けていました。めがねを掛けると、気分が変わってとてもいい。気も引き締まりピリッとする、といいことだらけなのよ。波瑠の登場により、暖めていた思いに火を付けられた感じかしら。

 しかし、波瑠とドラマで共演していた中川大志くんは、実際は仲良くなかったと知りショック。ドラマではあんなにいい感じの二人だったのに!?ガビーン中川大志くんについて語らせてくれるならいくらでも語りますが、取り敢えず今日はこの辺で。しかし私ってさ、ジョンハン好きぴと言いながら、中川大志やら三浦春馬やら、ごちゃごちゃうるさくない?気が多くない?

 父上に朝ドラに出ていた中川大志くんを紹介したら「大正ロマン!」と一蹴されたのでおこ。確かに大正ロマン風ではあるが、そこがまたよし。死なないでいてくれたらよし。もう誰も死なないでいてくれたら、それだけでよし。そんなに難しいことをお願いしているつもりはないけど、今の世の中、生き続けるという選択をするのがなかなか難しいね。

 生き続けるというより、生きることを手放さないというか、ふとした諦めや、なかなか眠れない夜なんかは、悶々と考え続け、やがて朝が訪れる。朝が来るとまた眠れなかったことを悔やみ、気分が下がる。そのループから抜け出せることを祈りつつ、どこかでもういい、と諦めてしまう。目が冴えて眠れない夜は、どこかで生きているジョンハンに一目でいいから会いたいと願ってしまう。

 願えば願うほど、遠くなるみたいだね。 

囚われたままだね

 何だか空しいような、寂しいような、これからずっと一人でいる未来しか描けないような、そんな気分よ。どうして人は、一人では生きられないんだろう。なぜ、こんなにも誰かと繋がりたくて、話したくて、温もりを感じたいんだろうね。こんなにおセンチなのはきっと、昨夜、寒空の中、椎名町の駅前で両親と立ち食いそばを食べたからだわ。

 あの時、私のことをこんなにも愛してくれるのは両親しかいないんだ、ということに気付いちゃった気がする。家族三人で仲良く立ち食いそばを食べる、という私たちにとってはありふれた光景だけど、実はかけがえのない時間だということに気付いちゃった気がする。

 寂しさを感じるのは、いつも誰かといる時です。こんなに楽しくていいのかしら、いつか全て終わっちゃうのに、なんて考えていたら何だか切なくなってくるのさ。この私のセンチメンタルさを笑い飛ばしてくれるのもやはり両親であり、一緒にいる時間が楽しければ楽しいほど、寂しさが募る。

 どうしてこんなに面倒な性格なんだろうか。すぐに寂しくなって、春馬ー!となってさ。春馬はもういません。そんなことは分かっているけど、NHKの番組の新MCを観たら涙が溢れました。「そこは春馬の席!!」と鈴木なんちゃらを投げ飛ばしたくなりました。鈴木さんは何も悪くないのにね。

 悲しいかな、春馬の喪失から立ち直ることなく、日々めそめそしているこの現実。芸能人が集っている番組なんかはもう観れません。そこに春馬はいないから。二度と春馬は現れないから。春馬、春馬ってさ、一体私もどうしたらいいのか分かりません。一番好きなんですよ。でも、私がめそめそすることは春馬も望んでいないはず。私が立ち止まり、一向に前に進もうとしないのは、春馬も望んでいないはず。

 だから、今度こそもう書かない。春馬のことはもう書かない(つもり)。書けば書くほど救われるかと思ったら逆でした。書けば書くほど悲しみに飲み込まれ、立ち竦みます。誰よりも幸せになってよし!悲しみ抜いたら、誰よりも幸せになってよし!私へのメッセージでした。

終わりが始まる、戻れない

 今日もよく歩きました。お疲れさまでした。ということで、ベッドからこのブログをお届けしています。何度もまぶたが閉じそうになりながらも、奮闘ちう。 さて、昨日は東長崎にある漫画家の聖地、トキワ荘までお散歩へ。このアパートに暮らした漫画家には詳しくなく、もっと予習してから行けばよかったかなー、とも思いましたが、それなりに楽しめました。

 池袋駅前にある西武のデパートが昭和初期だっけ?くらいから変わらない姿で君臨していたことと、手塚治虫さんの人柄がよく分かるエピソードを知ることが出来たのが収穫でした。ツイートにも書きましたが、オタク青年が混み合った玄関で写真を撮るため邪魔でしたが、それだけトキワ荘が好きなんだなーと思うと可愛くもあり、なかなかやな。オタク青年、なかなかやな。

 その後、商店街を抜け、お土産が買えるというお休み処へ。狭い店内に入ると、店のおばあさんがあれこれ商品について説明してくれました。しかし、他にもお客さんがいるにも関わらず私にロックオン。両親いわく、いかにもトキワ荘帰りのような風貌(つまり漫画オタク、または文学少女)だったため、おばあも嬉しかったんじゃないか、とのこと。

 確かにおニューのめがねを掛けていったため、どことなく文学と昭和の香りが漂っていたかもしれません。しかし!おばあさんのロックオン具合には笑いました。手拭いやらスリッパやらの説明をしてくれますが、申し訳ない、私はそこまでトキワ荘に詳しくないねん。文学少女を気取ってしまったばかりに、おばあに変な期待を持たせてしまいましたね。

 「寒い中ありがとう。」と言われ、何も買わずに出てきたことにちょっぴり悪い気もしましたが、オタクのおっさんが大人買いしていたから大丈夫でしょう。諸々大丈夫でしょう。しかし寒い一日でしたね。冷えた身体を暖めるため、帰りは椎名町駅前の名物立ち食いそば、南天を目指します。その前に居酒屋で腹ごしらえして、いい気分。

 〆は南天の肉そばよ!「有吉の正直さんぽ」にて、有吉と井森美幸がもりもり美味しそうに食べていたので、ずっと食べたかったのだ。寒空の中、家族三人で立ち食いそばを食べる。こんな幸せなことってあるかね?少し甘めのおつゆは、飲み干したくなるほど絶妙の味。豚肉との相性もよく、太めのお蕎麦と多めのネギ、全てが調和され、美味でございました。また食べたい。もう食べたいよー!(ブヒ)

 いやー、東長崎&椎名町はなかなか面白い町でした。居酒屋のおじさんもgood!お店が当たりだととても嬉しい。唯一マカロニは出来合いだとしても許す。許してやるぜ。本音を言えば自家製がよかったけど、許してやるぜ。さて、お近くにお住まいのカラットちゃんは、南天の肉そばを是非ご賞味あれ!それではおやすみんぎゅ。

世界中が雨の日も

 寒いよー!というわけで、積ん読を前に茫然自失なう。「とりあえずタイムリーな話題から!」と未知なる菌との闘いを描いた小松左京の『復活の日』を読み進めています。なかなか力強い文体に引き込まれますが、いかんせん疲れるね。文字数も多くて疲れるね。今日は大人しく積ん読消化デーにしましょう。

 「積ん読は積ん徳!」とのつまらない意見が散見される中、「買って満足してないかい?」との結論に辿り着きます。そうなんです。買って満たされちゃうんですよね。自分の手元にある、という安心感から全てのミッションを完遂したような気になってしまうのです。本は読まなきゃ意味ないのにね。

 全てそうですよね。服を買ったなら着なきゃ意味がないし、CDを買ったなら聴かなきゃ意味がない。映画も録画したなら観るしかないんですよ!春馬ー!!!と結局春馬に行き着いちゃった。亡くなった人がこの世で一番好きな人になってしまったね。その事実に立ち竦むよ。またまた春馬が登場してしまい、すみません。

 どんなに美しい黄葉を見ても、「もう春馬は秋の日差しに目を細めることはないんだ。」と思うと悲しくなる。私がどんなにそびえ立つ大木に感動しても「春馬は二度とこの景色を見ることはない。」という事実に心が沈むんだ。春馬、春馬って本当にうるさいですね。私が代わりに心に刻むからね。この美しい眺めを心に刻むからね。

 失ったものが与えてくれたものって何でしょうね。私はやっぱり「電池が切れるまで」というフレーズを思い出します。春馬の電池は限界だったんだろうし、それはよく分かります。それなら私は、電池が切れるまで精一杯生きる。本も沢山読んで、映画も沢山観て、自分の感受性くらい自分で守る。

 悲しい時にはしっかり悲しんで、嬉しい時には心から喜び、日常をクスリと笑える余裕を持ちたいよ。クスリと笑えることと言えば、先日、誕生日を迎えたいとこにお祝いメールを送った私。「落ち着いたらまた遊ぼうね!」という私に「OK!」と返すいとこ(小学生)。OKではなく遊んで下さいだろうバカ野郎!!と内心ぶちギレつつも、やり取りをしていました。

 すると「今から宿題やるから一回ストップ!」と来て、またまた爆笑。いや、私がメールしたがってるみたいやん?何なん?と思いながら指示に従っていたら(従うんかい)、それ以降メールは送られて来ず。いやいや、あんた、自分勝手すぎるやろ!とおこ。激おこぷんぷん丸となりながらも、「ま、これも個性か。」と鬼の形相で受け流しました。 

 私はいつも鬼の形相で怒り狂いながらも、生粋のポーカーフェイスであるため、誰も知るまい。私がこんなに短気で損気でお茶目でシャイなレディーだとは、誰も知るまい。本当はもっと怒ったり、ふてくされたりしたいけどさ、それも何だか大人げないじゃん?自分の感情を押し殺して、それで周りが上手く回るなら致し方なし、と思っていました。

 でも、今ならはっきりと言える。それは違うよお嬢さん、と。これからはアサーティブコミュニケーションの時代よ!(検索してね)じゃあ今から思ったことを言うね。俳優の磯村なんちゃら、深夜番組でサンドイッチマンに「男前ー!」みたいなことを言われていたけど、その際、謙遜していなかったから「へ?ところでどちらさん?」となりました。

 うちのジョンハンは関西ローカル、ちちんぷいぷいで「男前やなあー!」と言われた時、「そんなことない…」としっかり謙遜していましたよ!?うちのジョンハンは。磯村なんちゃら、許すまじ。うちのジョンハンのそんなことはある、と思いながらの「そんなことない…」に勝る台詞はない。この世界中のどこを探しても。

安らぐ場所を 夢に続きを

 寒いよー! いよいよ冬本番ですかね。こんな冷え込む日には、NU'ESTパイセンの「ヨボセヨ」のMVでも観て悶絶しようかな。JRパイセンのキスシーンを検証し、「本当にキスしてるかな?振りじゃないのかしらってがっつりしとるがな!」とぶちギレようかな。初めて観た時は、それはそれは驚きましたよ。何回観てもしっかり驚いているので、JRパイセン、さすがです。

 しかしMVの女性は何なん?掛け持ちにも程があるやろ!とプチおこ。そして自分が浮気しておいて、レンくんに証拠を押さえられると逆ギレはいかがなものか。そんな女性と唇を重ねるJRパイセン、私の気持ちを置き去りにすな。さて、JRパイセンかわいいー!ミンヒョンパイセン色っぽいー!ともはやファンクラブ加入待ったなしなのですが、日本公式ファンクラブも復活してつかあさい。

 NU'ESTパイセンは「ヨボセヨ」を始め、楽曲が堪らんのです。特に初期。コンサートでのパフォーマンスも素晴らしいのです。キスシーンのことは忘れよう、と思っても頭の片隅にチラついちゃうけど、そんなことはどうでもよくなるほど、素敵なコンサートでした。(DVD視聴)タワレコまでカツアゲされに行った甲斐がある。のこのこカツアゲされに行った甲斐があるよ。

 加えて、ミンヒョンパイセンの消え入りそうな儚さは何なん?今にも雪に紛れて消えてしまいそうな雰囲気にも悶絶!唯一無二の透き通るような歌声に毎回心を鷲掴みにされています。NU'ESTは、総じて可愛らしいね。総じて魅力的だね。アロンパイセンの鼻声も可愛い。レンくんの茶目っ気も可愛い。ベクホ…コメントなし。(やめろ)

 そろそろNU'ESTで一句詠めちゃうくらい好きなんですけど、詠みません。詠めちゃうけど。寒さが身に染みる夜は、眠れない夜と雨の日には、忘れかけてた愛が甦るね。パイセン、よくここまで腐らずに続けて来れたね。大好きよ!

 

運命の出会いを待ちなさい、まだ若い

 段々と冷え込んできた東京。冬の足音が聞こえ始めたかな。この三連休は、黄葉を見るために明治神宮神宮外苑いちょう並木まで足を運びました♪明治神宮ってこんなに広かったっけ?と思いながら散策。大学生の頃、友人と訪れて以来だったので、新鮮でした。

 
 その際、清正の井戸で無数の低級霊が写真に写り込んだため、清正の井戸は今回は却下。入園料を払ったのに心霊写真が撮れてしまったのは、何だか腑に落ちませんが。皆さんもお気をつけて!どんな心霊写真か気になりますか?フフフ。我が家は意外にも心霊写真の宝庫なんです。怖いー!!
 
 さて、明治神宮で森林浴をして、電車を乗り継ぎ外苑前へ向かいます。外苑前のいちょう並木は混雑していましたが、許せる範囲。我慢の三連休の掟を破った人たちしかいないんだ、と思ったら笑えました。欲を言えば、もう少し人が少なかったらもっとゆっくり出来たかもしれませんが、欲張りは言えますまい。(言いますが)
 
 沿道から一歩入ったところで職人市が開催されていたので、入ってみることに。陶器や革製品、そして木工品などが売られていました。父上が欲しがっていた靴べらセットが破格で売られていたため、見てみることに。優しい木工職人のおじいが説明してくれたため、即決。おじいお手製の囲炉裏も売られていて、見事でした。
 
 いちょう並木を抜け、信濃町までてくてく歩いて帰ります。東京散歩は飽きることなく、毎回新しい発見があるため、私を含め、地方の若者が東京に出たがるのは必然なような気がしました。ま、私の地元のマイルドヤンキーたちにはそんな気概は無いみたいですがってディスってるやん!価値観の違いをディスってるやん!止めましょう。やたらとコミュニティ愛が強いマイルドヤンキーにはくらくらするわって止めましょう。
 
 私の黄葉おすすめスポットは、やはり皇居の行幸通りのいちょう並木かしらね。混雑していないため、純粋に黄葉を楽しめます。ビル群も壮観だし、なんせ落ち着いた町ですからね。さて、信濃町から飯田橋まで戻り、神楽坂で夕食を済ませます。メイン通りから一本入ったビストロ居酒屋に入ってみることに。結果、大当たりでした。
 
 お店が当たりだととても嬉しい。保守的だからお気に入りのお店ばかりに行きがちだけど、新規開拓も大切ですね。神楽坂ならお任せあれ!と言っても数件しか知りませんが。そうだ、話をマイルドヤンキーに戻しますが、昔仲良くしてくれていた同級生の男の子が嘘くさいコンサル?みたいな仕事に就いていて「えー!?」となりました。
 
 いやね、経歴を見てみたら、とても優秀な彼も就活で挫折したようで、なかなか苦労したそうです。でも嘘くさいコンサルにだけはなって欲しくない。いつも私の隣にいてくれて、小学校の卒業アルバムの撮影にて、上手く笑えない私をあの手この手で笑わせようとしてくれた、ナイスガイなんです。癖は強いが、いいやつなんです。昔からある女優のファンで、今でも思い続ける一途な彼なんです。
 
 フジテレビのドラマ「漂流教室」の時の窪塚洋介に似ていてハンサムだし、何なら少し好きでしたって知らんがな。以前のブログでも書きましたが、大学時代は男の子となかなか深まれずに歯痒かったです。小学生時代が密すぎたのかもしれませんが、大学生の男の子たちは皆シャイと言うのか何なのか、踏み込んで来いや!とキレそうになることも。
 
 アルバム撮影で上手く笑えない私を笑わせようと奮闘してくれるような、穏やかな愛が欲しかっただけなのに。大学時代は孤独でした。いつもベンチに座って庭師のおじさんたちを観察し、時には親方から木槌で額をぶん殴られるお弟子さんを目撃。でも、一人で観察していたため、その面白さを分かち合える人には出会えませんでした。
 
 私の趣味である人間観察に笑って付き合ってくれる殿方が欲しかった。だから寂しかったんです。周りから見たら「孤高」に見えると言われたこともありましたが、実は孤独でした。チャラチャラした男の子は好きじゃないけど、いや、向こうも堅物な私には興味なさそうでしたが、チャラチャラしている男女の方が見かけ上は楽しそうですね。
 
 じゃあ今からチャラチャラしろというのか!?この私に!?と錯乱しそう。でもね、小学校の卒業アルバムの私は、ハニカミながらも楽しそうに笑っているのです。そのレンズの先には、私を笑わせようとしてくれた二人の男の子がいました。皆、あの時のままではいられないね。大人になるってそういうことだから。ただ、穏やかな、心に火が灯るような愛が欲しいだけさ。

夜がこのまま暗闇へ沈んでも

 人は食べなきゃ生きられないんです。どんなに悲しくても、食べて力に変えなきゃならないんです。木皿泉の『昨夜のカレー、明日のパン』を読んで、そんなことを思いました。誰かと一緒にご飯を食べて、お喋りして、笑い合う、そんなささやかな日常こそがいかにかけがえのないものであったか、幸せの真っ只中にいる人にはなかなか分からないものでしょう。

 振り返ってみて、いかに幸せだったかを思う、最近はそんな毎日です。美味しいものを食べた時、あなたがこれを食べさせてあげたいと思う人は誰ですか?それこそ愛だね。今日は本棚の整理と積ん読の解消に精を出しました。整理してみると、頂いた本などがポロっと出てきます。ぱらぱらと頁を捲ると、その人の感性が浮かび上がってきてなかなか面白い。

 私は人の本棚を見るのが好き。アルファツイッタラーの独り暮らしおばさんの本棚を見るのが好き。その人の人となりが滲み出ているような気がしてさ。そんな私は部屋にお花を飾ったり、観葉植物のお手入れをしたり、お香を焚いたり、あらゆる手を尽くしておうち時間を快適に過ごそうとしてきました。

 そして、快適に過ごそうと手間隙をかけた時間こそ、そんな何気ない時間こそ満ち足りていたのだと分かりました。自分だけのお城が快適なのは、やはりいいこと。自分に手間隙をかけるのもやはりいいこと。私は最初、今流行りの韓国風インテリアのお部屋作りを目指していました。

 しかし、色々試行錯誤していくと、画一的なものにしっくり来なくなったんです。好きな絵画のポストカードやジョンハンの写真などをうるさくならない程度に飾り、お気に入りの小説もディスプレイしてみると、次第に木皿泉のご自宅のような、どこか温もりのあるお部屋に近づきました。

 その時、木皿泉のご自宅に惹かれるのは、お二人がそこで生活している匂いを感じられるからだ、と気付きました。私が追い求めた今流行りの韓国風インテリアには、生活の息吹きがなかなか感じられません。おしゃれですよ、おしゃれなんだけど、そこに縛られるのはもう止めました。ポストカードも流行りのマティスではなく、小説『わたしを離さないで』の表紙をコピーして飾りたいんです。

 私が日々を生きている足跡を残すような、そんなお城にしたいんです。部屋は心の鏡だ、とお手入れしていると、どんどん愛着が沸いてきます。物事は全て情であり、愛着です。色んなことに愛着を持てるように、好きなものを増やしたい。そんな今日この頃です。