君は緑の風に乗る

こんにちは。宇多田ヒカルです。このジョーク何なん?というわけで、皆さん、GWはいかがお過ごしでしたか?私は近所を散歩する日々。散歩と言いつつ足を伸ばし、両国までちゃんこを食べに行きましたが、街中がガラガラなのでおすすめです。安田庭園もおすすめ。横網町公園で過去から学ぶのもおすすめ。ガラガラです!

 
江ノ島が混雑する様子をテレビで観ると、「終わってるなー。」と思うけど、ニコニコ散歩してる私も同罪なのかね。散歩くらいは許して欲しいぜ。というわけで、先日は護国寺~文京区をお散歩!
 
護国寺で絶品インドカレーを堪能し、和敬塾を見に行きました。村上春樹のね!和敬塾のすぐ側にある肥後細川庭園は圧巻。近くにこんなところがあったなんて。やはりぶらりしてみるものですな。
 
「何なん?」と言えば、知らん歌手が「何なんw」という歌をテレビで歌っているのを観て、正真正銘の「こいつ、何なん?」が出ました。いや、何?腹立たしいわ!知らんけど。「知らんけど」というフレーズを語尾につけるのは神戸っ子あるあるかな?関西あるあるなのかもね。
 
神戸っ子と言えば、以前通っていた美容師さんに出身を聞かれ、「神戸です✨」とニコニコ答えたら、「えー!東京じゃないんですか!?絶対シティガールだと思ってました!」といきなりグーパンチを食らい、焦りました。私は逆に神戸を誇りに思っていたので、「神戸はシティちゃうんかい!」と心の中でツッコミ。逆に。
 
そもそもあんたら東京を中心に考えすぎ。東京は私のように地方出身者の集まりですぜ?「逆にシティガールって何やねん!神戸は立派なスマートシティ(百合子の発音で)やぞ!」と複雑な気持ちで大人しく髪を切られていたっけ。
 
確かに私も神戸の繁華街、三宮が世界の中心だと思っていました。上京し、三宮は一地方都市に過ぎないことを知りましたが、それだけでも上京した甲斐はありました。何が言いたいのかと言うと、東京への過度な期待と憧れはダサすぎるということです。
 
東京を崇め奉り、神戸をシティから除外する。その感性の貧弱さを嘆いています!でも確かに東の人の関西に対するイメージは悪すぎるな。関西人だと言うと「関西弁喋るの!?」と恐れられたりラジバンダリ。皆さん、関西人は皆ハイヒールモモコだとお思い?瀬戸カトリーヌだとお思い?
 
ケンミンショーなんか観ていても、神戸っ子は「神戸です!!」という自負がありますやん。私もその自意識を引きずったまま、東京の美容院へ突撃。「神戸です!(どやさ!)」という一撃が全く相手に刺さらなかったのでビビりました。ま、そんなもんかな。そんなはずはないと思ったけど、そんなもんかな。
 
出身地の話などは、盛り上がることもあれば、「はあ?」と思わされることもありますな。「東京出身だと思ってました!」と言われて、私が喜ぶと思われていたのかと思うと悲しい。かなりデリケートな問題なので、ただの雑談だと思って雑に扱うと火を噴くぜ?小手先だけのテクニック、見え透いたお世辞は止めたまえ。バルス!!

Crying Like A Child

沢山考えて、傷ついてもいいからまた立ち上がりたい。人の心は移ろいゆくものだけど、決して変わらないものもあるんじゃないかな。ずっと好きだった人のことを忘れられないのは、忘れたくないからなのかもしれないね。最近、よく昔のことを思い出します。

小学校高学年の頃、近所の公園で雨宿りをしていた私たち女子グループ。屋根のある小屋のようなところで休んでいたら、男の子数名が合流しました。すると、私が好きだった男の子が小屋の梁にぶら下がり、ベンチに座る私を両足で挟んでふざけ始めました。その時は本当に幸せだったな。(キモいかしら!?)

次第に私と仲の良かった女の子が、その様子を見て照れ始めました。そして彼らが帰った後、彼女に「ちいちゃん(私)のこと、めっちゃ好きなんやな!」と言われた時のことを昨日のように思い出します。私が好きだった男の子は、今思えば私に触れてくることが多かった気がします。例えば、廊下に寄りかかる私にもたれ掛かって来たり、ラジバンダリ。

28年間生きてきて、後にも先にもそんなに触れられた経験がないとは何事!?彼の耳に生えるほわほわとした白い産毛が忘れられない私は、この先もずっとこの思いを暖めながら生きるしかないのでしょうか。好きな人に触れられる時、それはこの上ない幸福でしょう。何気ないタッチが忘れられず、このザマよ!

私たちはませたがきんちょだったに違いない。手を握ったり、そんなストレートな接触ではなく、何となく切なくなるような触れ合いを繰り返していたように思います。でも結局結ばれることはなく、離れ離れになりましたね。彼は時々目が暗い時があり、悲しいことが沢山あったのかしらと思っていました。

以前も書きましたが、彼は小学一年生の時に私とトラブルを起こし、両親は快く思っていません。祝福されない恋というのもなかなか辛いわね。カラット諸君は、周りから歓迎されるような恋をして下さいな。彼が「弱いからいらん。」とくれた遊☆戯☆王ガードを随分前に捨てました。

それは、私が亡くなったら棺に入れて欲しいくらい大切なものだったと今なら分かります。何でこんなに昔のことばかりを鮮明に思い出すのでしょうか。それはきっと、今が不完全燃焼だからに他なりません。もっと切磋琢磨して、恋をして、という充足感が得られない今、「あの頃のように、私を足で挟んでくれる人は誰もいない。」という寂しさがより一層募ります。

足で挟まれたいって何なん?変態やん。(許して)彼の弟も可愛がっていた私は、弟のスキンシップの多さにも応えていました。例えばブランコに乗る私の膝の上に乗って来たりね。今考えると、彼らは寂しかったんだと思います。お母さんの愛を誰よりも欲していたのだと思います。抱き締めたり、抱き締められたりといった、母親の肌の温もりが足りなかったのかな。

今なら私が沢山抱き締めてあげられるのに。いかんせん、私たちは幼すぎたね。小学生には早すぎたのかね。出会ったのが早すぎたのだと思います。あんなに好きだったのに告白することも、されることもなく別れてしまいました。彼が暗い目をする時、もっと話を聞いてあげればよかった。

父上がたまに「目が暗いのはだめだ。」と言う時、彼のことを言っているのかなーと思ってしまいます。なんとなく責められているような気がして、肩身が狭くなっちゃうね。彼の瞳に輝きが感じられない時、 私はとても切なくなりました。抱き締めてあげたかったけど、出来ませんでした。

あの時抱き締めていたら、何か変わったのかな。「大丈夫だよ。」と言っていれば、今頃彼は隣にいたのでしょうか。結局、彼しか好きではない私に春なんて来るはずもなく、時々無性に泣けてきます。「もう何年前の話だい?囚われたままだね。」と宇多田ヒカルも歌っていますが、まさにそう。何年前の話なん?

「好きやで。」と言わなかったのか、言えなかったのか、どちらにせよ浅い夢だから胸を離れません。梁にぶら下がり、足で私を挟む彼の笑顔が可愛かったな。お互いあの頃が一番幸せだったとしたら、それはそれで寂しすぎる。どうか君の人生に光あれ。私が道を照らせないのが悲しいね。年をとっても忘れられない人よ。

誰にも見せなくても

私たち、自分の価値も分からないような子どものままじゃいられないね。インスタ映えに心血を注いでちゃ、大事なものを取りこぼすよね。文句を言いつつ覗いてしまう、韓国風日常アカウント。彼女たちは写真を撮るためにピクニックをするし、カフェへ行きます。(断言)それってなんか虚しくない?

一緒に行ってる子も友達と言いつつ、ただのカメラマンやろ?と邪推しちまうぜ。何なん?映え、映えってうるさいわ!はあ、疲れた。別に家だって特段おしゃれに映えてなくたっていいわけですよ。自分が寛げるようにこざっぱりしてれば良いじゃん。私は自分のお部屋が大好き。自分の好きなものを細々と飾って、定期的に埃を払う瞬間も好きよ。

文句ばかり言っていますが、日常系アカウントに触発されて、お部屋を韓国インテリアにまとめようとした過去もあります。でも出来ませんでした。借り物みたいな部屋になる気がしてさ。それは彼女たちの映えた部屋であり、私の部屋ではありません。そんなに映えなくてもいいから、居心地を良くしようと決意。好きなものを散りばめました。

好きなものを散りばめると、小さな部屋の至るところに心踊るスポットが誕生。これで良かったんだと心から思いました。私はとあるアルファツイッタラーのおばさんのお部屋を見るのが好きでした。特段映えてるわけではないけど、彼女の好きなものに囲まれた空間が好きでした。

皆、同じような部屋である必要がどこにあろう。皆、同じようなものを飾ることの不自然さ、不気味さにハッとしました。だって私たちは唯一の存在であり、唯一の感性を持ち合わせているはず。それを画一的な流行にはめる必要はどこにもないのです。

先日訪ねた両国のちゃんこ屋さんで買った箸置きは、しっかり部屋のお気に入りスポットに鎮座。私の中では映えてます。映えまくっています。要するに、人生は自分の中で映えている人や場所、そしてものを増やす、長い長い旅であるのだということ。この自分の中で映えている、という感覚が大切だと思います。

「これ、映えてるでしょう?」と自信満々に提示されても寒いだけさ。私の映えと彼女たちの映えは違うし、違って当たり前なんです。それなのに映えという感覚は、今や画一的な様相を呈しています。ま、それがインターネットというやつですわな。全て虚像です。虚像だと分かった上で楽しめば良いし、分かった上で転がされていれば良いんです。

私が彼女たちに嘘臭さを感じるのは、写真のためだけにそこに出向き、消費しているように見えるからだと思います。別に良いじゃんと言われそうだけど、消費の仕方が薄っぺらく感じてしまってのう。どれだけ自分が美人風に見えるのかに躍起になっている節もあるしさ。まずは目を出せ。話はそれからだ。

雰囲気なんていくらでも誤魔化せるんじゃ!とブヒブヒ怒りながらも見てしまうのも悲しいね。インターネットは全てまやかしであり、勿論私だって知らず知らずのうちに演出しているのかもしれません。私も雰囲気美人を演出したいけど、どう頑張ってもおばショット全開なので自粛。友達と言いつつ、ただのカメラマンに過ぎない関係性なんていらないね。

花束を君に

こんばんは。先のことを考えてもキリがないため、ブログへ避難。今できること、今すべきこと、今しかできないこと、沢山あるはずだよね。私のようにおこもりしていても平気な人は、極々限られているのでしょう。皆、仕事があるからね。いや、テレワーク、テレワークと言うものの皆仕事があるから、会社に行かなきゃならないせいで、人流が生まれてますやん。

もう私が選挙に出ます!といきり立ちました。出馬したら百合子にフルボッコにされるのかな?怖い…怖いから家で勉強しよう。百合子もお家で勉強してくださいって言ってたし。(服従)私が出来ることは、大人しくお家で勉強することに他なりません。いや、スーパーは行かせて。薬局も行かせて。あとニトリも…っておこもりしろや!と自らに喝!

鳥がいないから暇だなー。鳥に会いたいな。可愛い可愛い愛鳥にまた会いたい。寂しいけど、新しいインコを迎える気はないんだ。また別れを思うと耐えられません。ピヨジ、可愛かったね。コミカルでナイスなバード、その名もピヨジ。変な名前かね?私が決めました!最初は「リリーちゃん」と名付けたのですが、父上が「ラ行が言いづらい!」と文句を言ってきたため、なぜかピヨジに決定。

まさにピヨジの名に相応しい面白味に溢れたリトルバードでした。確かに「リリーちゃん」ではないな。「ピヨジ」だな。うん、納得。テーブルに飾った在りし日の写真を眺めながら、愛しき日々を振り返っています。ピヨジは私に思い出をもたらしてくれたんだね。かけがえのない7年間の煌めきを。

君が最初で最後のインコだよ。あかん、泣けてきた。まだまだ現役で泣いている私を見たら、ピヨジが悲しむかも。「笑ってよ、僕のために~♪」と思っているかもしれない、と考えただけで泣いちゃう。ブログを書きながら泣く女、引く?引いちゃいます?人生、引かれてからが本番とも言いますので。

以前も書きましたが、ツイッターのフリートにカキカキされる様子を載せた翌朝、愛鳥は永遠に目を覚ますことはありませんでした。あんなに触れ合った翌日に旅立つなんて、劇的やん。スマートなお別れやん。とひとしきり泣きました。

私が寂しいのは当たり前だし、悲しくて堪らないけど、ピヨジは7年間生きました。それは変わらぬ事実だし、素晴らしい出会いでした。ありがとー!BIG LOVEだよ。なんて言っていたら、元祖BIG LOVEこと中尾明慶がコロナに感染!BIG LOVE一家はどうなるのだ!BIG LOVEで乗り切れるのか!?なんて茶化しちゃいけませんね。

宇多田ヒカルも「真夏の通り雨」で歌っています。「いつになったら悲しくなくなる?教えて、正しいさよならの仕方を」と。悲しみの質は、時間によって変化していくのでしょう。ずっと同じ悲しみの中にいるのではなく、性質を変えて立ち上がってくる悲しさ。

そんな時は、ひとしきり泣きましょう。泣けない夜は、思いましょう。そうやって何とか折り合いをつけ、いくつもの夜を越えるのでしょう。だから諦めたらいかん。諦めないで、がむしゃらに乗り越えようともしないで、淡々と過ごすこと。そんな日常を重ねていけば、いつかは良い意味で慣れるはず。この寂しさも抱き締められるはず。

なくしたもの、探しに行こう。いつか、いつの日か見つかるはず。

Dirty Desire

やっほー。すっかり宇多田ヒカル漬けの一日でござった。Utada名義のセカンドアルバム、BIG LOVE!さて、我が家のポンコツDVDプレーヤーが、またしてもポンコツっぷりを発揮。いよいよ一式買い換えなるか!?4Kテレビを密かに狙う父と、そんなことよりBlu-rayプレーヤーが早く欲しい娘の攻防戦。ポンコツプレーヤーよ、よく頑張りました。お疲れさま。

「お疲れさま!」と言いながら、窓からぶん投げたいわ。投げませんが。それにしても毎日暇だなー、ということで久しぶりにエクササイズを再開。レッツ美バディをガンガンこなしました。美バメンのIGさんがお気に入りなので、彼の回はテンションが上がるぜ。

IGさんは、明るくチャーミングながらも、実は深い悩みがありそうなところがお好き。おすぎです!ピーコです!しかし韓国の通販サイトを見ていたら、まあモデルさんたちの細いこと、細いこと。ガリガリじゃん?ガリガリガリクソンじゃん?いかがなものかね。

若い子達がモデルを理想として突き進み、結果として身体を壊したら責任取れるんか。無責任だね。私たちは日々刷り込まれてますからね。SEVENTEENコンサートを控え、ダイエットに励んでいた秋の日、「全然太ってるようには見えないけどなあ。」とある人に言われましたが、「あんたに何が分かるんだい!(宇多田ボイスで)」と思ったもんね。

それから目標体重と、目標体重にはあと何㎏で到達するのか誘導尋問され、まんまと現在の体重を炙り出されてしまいましたとさ。「全然太ってるようには見えないって何よ?痩せてると言いなさいよ!」とぶちギレた日もありましたが、もういいや。脳内で「痩せてる」に変換しますから。

おこもりで太るかもしれないけど、それはそれでまた頑張ればいいだけ。そもそも私がダイエットを始めたのは、コンサートがきっかけでした。誰よりも可愛く、誰よりも幸せになるでありんす!(野風ボイスで)という無駄な意気込みに苦しめられました。

コンサートもないし、だからと言ってぶくぶく太るのはどうかと思うけど、無駄な意気込みからは解放されたかな?またジョンハンに再会できる見通しが立つまでのんびりエクササイズで頑張る!ジョンハンが好きだからね。大好きだからね。恋は盲目であり、劇薬でもありんす。取り扱い注意ですぞ!

男子諸君は「全然太っていない。」の後に「僕は今ぐらいの体型が好きだな。」という言葉を付け加えてください。「誰もあんたのために痩せたいわけじゃないやい!」とキレる女の子もいるかもしれないけど、私はそう言われたいな。ジョンハン!愛、地球博!

On And On

こんばんは。皆、ちゃんとおこもりしてる?やきとんゆかちゃんみたいにぶちギレて、やけになって路上飲みなんかしてないでしょうね?さて、やきとんゆかちゃんは、新橋にあるやきとん屋さん。よくテレビでゆかちゃんがぶちギレています。

父上はおバカなので、以前、話のネタになりそうと会社の人とやきとんゆかちゃんへ。お目当てのゆかちゃんはいなかったそうです。その代わり、別のゆかちゃんがいたらしいって知らんがな。やきとんゆかちゃんとスーパーアキダイの社長、そして根室食堂は何なん?テレビ局とズブズブじゃんかー。怪しい。

ま、いいけど。ただいま宇多田ヒカルアメリカ進出第2弾アルバム「This Is The One」を聴いています。ちゃっかりブックオフでゲット。1作目「EXODUS」を紛失して以来のUtada名義のアルバムです。なかなかいい。1曲目からパンチ効いてますわ。

紛失したアルバムは、またアマゾンで買い直そうかなー。確かクセが強めのアルバムだった記憶があるのう。今聴いている2作目は、フラットな印象。とても聴きやすいです。私が家でUtadaを聴いたり、本を読んだり大人しくしているのに、繁華街ではしゃぐバカは何なん?即射殺。(過激派)

今の病床数の逼迫も、以前からの取り組みとして、医療費抑制のために病床数を減らした結果に過ぎないとのこと。感染症の蔓延により、それが仇となったんでしょう。ベッドが足りないと言っているのに、バカが運ばれてきても診られません。もはや今、大阪は病院にさえもなかなか運べない状況だよね。

家族が入院中だとか、手術を控えているとか、持病があるとか、そんな状況の人々にとって、バカ騒ぎするのは殺人行為なんです。皆想像力がないよね。私だって分かるよ。野田なんちゃらも無責任だわ。尖っててカッコいいと思ってるのかも知れんがな。ガハハ!

私、薄口評論家が好きなんですよ。そうです、あの杉村大蔵です。面白くない?薄口評論家で一時間番組を作って欲しいくらいよ。国民にお願いベースでは限界があるし、色々やり方はあるはず。いや、今の枠組みの中ではなかなか厳しいのかね。皆所詮他人事なこの状況、相当異常です。知恵を絞れ。ない知恵を振り絞れ。

生活必需品の定義も崩れてきているように感じるしさ。街中ではバカがここぞとばかりに騒ぎ出す滑稽さよ。何がおもろいねん。家で「フォレスト・ガンプ」を観ている方が百倍おもろいわ!本当にバカが憎い。理由は何でもいいから、ここぞとばかりに騒ぎたいだけのバカが憎い。家で映画を観ろ。今すぐWOWOWに入れ。以上!

月などいらない

ぴ、ぴえん!無駄に自分に酔っている接客、ぴえん!いつもごちゃごちゃうるさくて、本当にごめんなさい。女性客が密かに嬉しそうなのもぴえん。今日は天下のスターバックスで紅茶を頼んで一息つき、暫くしてからマフィンを買いにまたレジへ。先ほどと同じお兄さんのレジへ案内されると、「お飲み物足りてますか?」と優しく言われ、「もしや告白!?」と軽く動揺。

免疫がある人はこれを告白だとは思わないのでしょうね。私は全てを告白だと受け止めるのだ!そのお兄さんは、いつも女性客に優しく語りかけるタイプなんです。(私調べ)男性客にはあっさり、女性客にはしっとりと使い分けてる!そして女性客も楽しそう!残念ながら、私はあまり楽しくなくてさ。

お兄さんの慈愛に満ちた風接客が苦手なんすよ。あっさりでいいです。感じ悪いのは論外だが、あっさりして誠実ならいいです。ごちゃごちゃうるさい?注文が多い?先ほど父上に全てが告白に聞こえるという話をしたら「リハビリしよう。」と爆笑されました。アホやん?私、アホやん?昔から全てを告白だと捉えてしまい、結局どれも告白ではなかった悲しい人生。

こんな悲しい人生ながら、それなりに生きてる。韓国のブランド、ローレンハイで可愛いスラックスを発見し、それと似たようなパンツをユニクロで購入したりして、それなりに生きてます。スラックスは履き心地も楽でスラッと見せてくれて感激やん。悲しくてもそれなりに生きていけばいいよね。

さて、最近はエクササイズも停滞気味。見た目にも満足できたため、もう過度なトレーニングは控える。食べ過ぎには気を付けるくらいで、緩やかに引き締める路線へ移行予定よ。「全然太っていない」という周りからの評価に満足できず、「痩せてる!」と言われたいと頑張ったあの日。でももういいかな。

十分頑張ったし、これからはゆるゆるエクササイズやー! 他人にも厳しく、自分にも厳しい私よ、もう皆を許しましょう。ストイックさも大事だけど、追い込みすぎるのはやめましょう。オタクはなぜか痩せようとしがちな気がしますが、私だけ?「お飲み物足りてますか?」という問い掛けに「何!?」と思ってしまう頑なさが憎い。

リハビリってどうやったらいいのさ。とりあえず美酢のカラマンシーを飲んで考える。皆、もっと気軽に、気楽に楽しんでいるんだと思う。私ばかりが頑なで頑固で救いようがない。母上いわく「お飲み物足りてますか?」は親切に見せかけてもう一杯頼ませる作戦らしい!分からなかった…

その後、「お水とかもいりませんか?」と言われたんだけど、頑なだからお水も断りました!またもや謎のポリシーを発揮してしまった。「じゃあお冷や頂こうかな(はあと)」と言えばモテるんでしょう?知ってる。

紅茶があるから二杯目もいらんし水もいらん。(モテない)悲しくてやりきれないけど、ポリシーのある追っかけの名に恥じぬよう、日々謎のポリシーを貫いてるポリシーのある追っかけ、柔軟な対応を検討中!