働くということについて

 ただいま喫茶店なう。隣の席で就活生と社会人一年目が就活対策していていたたまれない気持ちに。自分が投げ出した就活に向き合っている人達を見ると、毎回胸が痛みます。朝井リョウの『何者』なんて一生観られないと思います。ぐすん。そんな人達をよそに読書に勤しもうと思ってもなかなか集中出来ないので、そんな時こそポンコツWALKMANの出番です!これで集中出来ると思ったら、近くの席のお兄さんが最新版のWALKMANを聴いていて、私もそっちにすれば良かったーと後悔。最新版は分厚いんですけどね。画素も粗くなさそうだしいいなー。と他人を羨んでばかりの自分に辟易。

 そんな私もそろそろ高等遊民卒業かな🎓昨日良い求人を見つけたので応募しようか検討中。社会復帰のリハビリにはちょうど良さそうな職場です。いつまでも高等遊民ではいられないし、これ以上続けるメンタルの強さを私は持ち合わせていません。やはり朝起きる度に後悔が押し寄せてくるし、食欲はないし、と無職で居続けるのにもなかなか根性が要ります。両親は焦らなくて良いと言ってくれていますが、それが逆に申し訳ない。踏ん張りの効かない自分を恥じて恥じてここまで来てしまいました。私みたいに社会に出られず挫折する人間は本当に惨めです。一度社会に出て、それから挫折する人もいると思います。しかしその人たちは一度社会に出ているのです。社会という荒波に出た結果、疲れてしまった。大丈夫、また立て直せば良いんだから。私なんか出れてもいませんからね。だから生きていて恥ずかしいという思考に走ってしまいがち。本当はそんなことないと思います。だけど余裕がない状況では視野狭窄に陥ってしまいがち。とてもつらくなりがち。がちがち五月蝿いですね。大学を出たら就職するという王道コースから道を外れると自分を責めてしまいがちだと思います。私もそうでしたし、現在もそうです。でも道はそれだけじゃないんです。私みたいにちょこちょこ無理のない範囲でアルバイトするもよし、農業やって高木美保みたいに暮らすもよし。何でもありなんです。私は数字に弱いという弱点を自覚しているので、数字を扱わない仕事に絞って求職活動(と言える程ではないけれど)しています。かなり大きなハンデですが、自分が何に弱いか、ウィークポイントを知っておくというのも大切なことかも知れません。経理課なんかに回されたら死ぬことが確定しています。では得意なことは何か、好きなことは何かと考えたら文章を書くことが一番に浮かびました。でもそれを仕事にするのは大変です。文章を書いて食べていくことは理想ではありますが、現実はそんな甘くありません。だから働く。趣味と実益を兼ねた仕事が見つかれば良いですが、なかなか上手いこといきません。だから趣味は趣味で置いておいて、とりあえず社会に出てみよう、そう考えました。そんな私は気楽に働くという選択を取りました。今まで「働く」ということに高いハードルを掲げて考えていましたが、実際はバカでも働けます。そこに気付くまでに時間を要してしまいましたが「働く」ことを特別視する必要は一切ありません。現実はバカがデカい顔して働いています。私みたいに社会に怯えきってしまった人、いると思います。以前ハローワークに行った際、職員に泣きながら相談している女の子がいました。昔の自分を見ているみたいで胸が張り裂けそうになりましたが、彼女みたいな子が苦しむ姿は見たくありません。彼女もまた「働く」ということのハードルを自分で高く設定してしまっているようでした。その呪縛から解き放たれた時、人は楽になれるでしょう。隣の席の彼女も、ハローワークで泣いていた彼女もいつか光が照らされる日が来ることを願っています。