自由でも余裕でも

カラットちゃん、こんにちは。皆さん、生きてますかー!私は春の新生活に向けて、怒濤の断捨離を繰り広げています。ザクザク出てくる本やCD、そして洋服と止まるところを知らない所持品の数々。いつかは死ぬんだし良い機会だと捉えて、捨てまくっています。昔から欲しいものは何でも与えられて来たせいか、とにかく本が多い。あとCDは家族の趣味もあり、多め。惜しみない愛情を注がれていたことに思いを馳せつつ、捨てる時は捨てるのよー、と断捨離に拍車が掛かる。綺麗な本やCDは、コロナが落ち着いたらブックオフへ買取に出すつもりです。大学のテキストは書き込みが多いため、潔く処分。本当は今すぐにでもブックオフへ行きたいが、換気悪そうだから行きたくないや。一人ムカつく店員もいるしねー。無駄に攻撃的でびっくりしたわよ。店員だからヘコヘコしろとは言わないが、普通で良いんじゃない?むやみに殴るのはおかしいよ。どついたるねん!ま、世の中はそんなものかな、残念だけど。バカが大きい顔をして働いているし、義務を果たす前に権利を主張して来るし、まとめてどついたるねん! カラットちゃん、毎日腹立たしくない?私は常に憤慨している。自分はちゃんとしているつもりだから、相手が応えてくれないと空しくなるわ。ま、私の「ちゃんとしている」もあくまでも私基準でしかないけれど。
さて、春の新生活はどうなることやら。断捨離で連日クタクタだから、労ってほちい。星がほちい。スマホのアプリや、HDDの断捨離にも励まなくては!と思い立ち、アプリはポチポチアンインストール。HDDチェックは後ほど。私の部屋には大きいクローゼットがあるため、物はそこに片付けられます。そのため部屋自体はスッキリしていましたが、もはや衣装部屋と化していました。リビングにいることが多く、自室には長机も椅子もあるのに「集中出来ない」という理由から、近所のカフェで勉強。でも、最近なんだかマンネリ化して来たのだ。だから居心地の良さを追求した私の部屋で勉強することを、今更ながら決意しました。大きいクローゼットも良し悪しで、何でもそこに入れられるため、要らないものまで溜め込んでしまいがち。再び開けるとそこは、不用品で溢れがち。ものは循環させるに限る。まだ使えそうなものは売り、年季の入ったものは処分、ということを繰り返す必要がありそう。こんまり先輩の教えは無視した我流の断捨離も、なかなか楽しいですよん。環境の変化も、生きていれば当然のこととして受け入れる。ずっと同じなんてあり得ません。ものの総量を減らし、より住み良い環境を模索する。ものに囲まれた暮らしは、知らず知らずのうちに私たちを疲弊させるはず。ものは少ない方だと勝手に思っていたけど、クローゼットを開くと結構入ってました。クローゼット、良し悪しですなあ。(2回目)本棚もガッツリ整理して、空いたスペースにCDを並べました。私の理想に一歩近付いた気がする。本棚に入りきらない本は、バスケットに入れてクローゼットへ。本当は本棚がほちい。だってクローゼットに入れたら、なかなか見ないでしょう?わざわざ開けないでしょう?と思ったけど、わざわざ開ければ良いのではないか?ガシガシ開ければ良いのではないか?とポジティブな人格が顔を出しました。
ニトリの節電タップの使い心地の良さに驚いている場合ではない。祖父の形見の古い蛸足回線が部屋の景観を著しく損なっていたが、形見であるためなかなか捨てられなかった私よ。捨てなさい。おじいは心の中に生き続けるんだから、捨てなさい。同じく形見のCDラジカセも捨てなさい。もう良いんだよ。時代は駆け足で過ぎ去っていくけど、心の中で思い続ければ良いんだよね。捨てることは悪いことじゃない。次のステップへ行くための大事な過程でもある。断捨離をしながら、そんなことを思いました。かたちあるものより、目に見えないものを胸に抱こう。お互いだけを信じて、最後まで一緒にいようね。