冷たく逸らした瞳が哀しければいい

 カラットちゃん、こんばんは。今日のトーキョーは激しい雨のあと、綺麗な虹が空に掛かりました。雨上がりの虹のように、いつまでも澄み渡っていてね、ジョンハンお兄さん。今日は本当に信じられないくらい久しぶりに、真剣に机に向かいました。テキストを開くのもかなり久しぶりです。さすがにヤバい、と焦り始めたところよ。課題の提出にも追われていますが、ま、のろのろ進めますわ。SEVENTEENに出会って追いかけた夢だからねー。諦められないし、諦めたくないのだ。悲しいね。

 志半ばで息絶えそうですが、かろうじて走っている感じかな。走りながら考えよう。私は考え込んで止まってしまうタイプなので、走りながら考えるという姿勢を見せたい。少しでもSEVENTEENに近付きたくて、側で息遣いを感じたくて、ひたすら勉強しなくてはならない道を選びました。人知れずつらい道を選ぶ私を応援してくれるかい?とにかくつらい。やりたくない。受かる気がしない。という三重苦。
 
 しかしハングル検定受験の半年間もつらくてつらくて、何で一人でこんなに勉強しているんだろう?とベローチェでよく思っていたなー。終わってしまえば、そして合格を勝ち取れば全ては報われますが、最後の追い込みの1ヶ月はきつかった。つらいつらい五月蝿いよね。黙って励めバカ!膨大な、途方もない時間を埋めるためには、私には勉強しかないんです。勉強で結果を出し、仕事に結び付けば御の字。仕事か。私には縁遠いわ。色んなことが縁遠くて、昨晩は鬱々としてしまいました。

 自分で全てを遠ざけているのではないか、普段は背中があると認識しない。誰かに触れられて初めて、自分に背中があると認識するのだ!なんて名言に思いを巡らせてみたり、なかなか袋小路っす。両親は私の未来は明るいと言ってくれるけれど、どうしても私にはそうは思えないんです。何でだろう。一度底を見た気がするからかな。自分に未来がないと悟った分、これから関わるなら、未来のある人たちと切磋琢磨したい。そして、私にも溢れんばかりの光を分けて欲しい。
 
 ジョンハンと出会ったのは、底を見たあとだったんです。こんなにも生命力に溢れたお兄さんたちが当時の私には眩しくて眩しくて、でも心から魅了されました。好きな人がいることで、強くなれる気がする。愛してるの響きだけで、心に花が咲いていく。心の花を枯らさないように、自分にも、そして周りにも優しさの種を蒔こう。それが心の安泰を取り戻す、一番の近道のように感じました。ジョンハンお兄さんは、きっと楽しいだけではいられない時もあったよね。

 人知れず苦しんだ夜もあったよね。ジョンハンお兄さんの瞳には、一抹の寂しさを感じる時があります。私の考えすぎかな?父上に「ジョンハンは笑っていてもどこか寂しげなの。」と話すと「パパもだよ!!」と食い気味に話してきたので笑いました。そうか、パパもか。確かに顔はゴリラだけど、性格はジョンハンだもんね。食べながら電話しちゃうし。父上がいくらジョンハンでもやはりジョンハンではないし、ゴリラだし、私はジョンハンにしか満たされないんです。残念だけど。

 花の20代をジョンハンお兄さんに捧げて、一体どうしてくれるのだ。責任取れ!!と言ったところで届かないしさ。人生の底を見たと感じた日々から何とか立ち直り、人並みの生活を送っている今、望むものは健全な肉体と精神のみ。そしてジョンハンへの愛。私を救い上げてくれてありがとう。これからもよろしくね。素敵な夢を見てくださいな。