愛情に疲れたなら、ひっそり眠るのもいいもんだ

 カラットちゃん、こんばんはー。宇多田ヒカルの2006年コンサート「UTADA UNITED 2006」なう。2018年の「LAUGHTER IN THE DARK」がとても良いので、絶賛宇多田祭りを開催中でござる。2006年版は宇多田の若さが弾けていて、これはこれで悪くないじゃん。ノリと勢いが若いですが、可愛いのう。でも、今のしっとりした宇多田が好きかも。いや、彼女はその時々が常に最高なんだと思います。20代はイケイケ、30代はほどほど、ですね。水蜜桃を思わせるお肌が眩しい。以前、YouTube宇多田ヒカル井上陽水の「少年時代」を歌った映像がアップされました。歓喜した私は、初めてコメントを書き込んでみることに。「まるで水蜜桃のようですね。」とド変態丸出しのコメントをなんと本名で載せてしまい、一瞬で消しましたよ。YouTubeのコメントって本名以外でも出来るよね?なぜ私は本名だったんだろうか?インターネット難しいー!

 しかし2006年の宇多田が母上のことを「ママ」と呼んでいて泣けてしまいました。そうだよね、ママだよね。大切な、世界にひとりしかいないママなんだよね。ヒッキー、私はいつも側にいるよ。カラットちゃんは、SEVENTEENは勿論のこと、お慕いしている歌手はいらっしゃいますか?私は宇多田ヒカルへの思い入れが強いでごわす。宇多田ヒカルはねー、なんとファンクラブがないんですよ!カッコいいよね!ライブの回数も少ないし、それだけ貴重な中、参戦出来たことがうれちい。以前も書きましたが、2018年は念願の宇多田ヒカル(生!)とSEVENTEENに出会えて、かけがえのない一年でした。2006年のヒッキーがライブを終え、立ち去ろうとするのに対し、嘆くファン。するとファンに向かって「いいじゃん、また会おうよ!また集まればいいじゃん!長生きしてまた会おうよ!」とヒッキーが言っていて、泣けてきました。そうなんです、生きていればまた会える。また集まればいいんですよ。でもコロナの出現により、また集まる、ということが気軽に出来なくなっちゃったね。

 コンサートが終わり、ジョンハンとお別れする時は「また会おうね。」といつも思い、悲しみに立ち竦みそうになりながら、そう誓っていたっけ。「また」がいつになるのか分からなくなっちゃった。コンサートの度に心の距離が縮まる感覚がして、また次に会える日を切望する。その繰り返し。そうやって今まで乗り越えてきたし、これからもきっと乗り越えられるはず。そう信じたいけれど、なかなか自信が持てない。このまま会えない時間が続いたら、寂しくて堪らない。でも、生きていればいつか、いつかまた会える。だから早く会いたいという気持ちをK-POP館にぶつけました。ポスターをちょこちょこ買っている私。その後はお決まりのように額縁を買い、部屋に飾るのだ。いくらポスターが増えても、生には敵わない。生身のジョンハンには敵わない。バカなので一日に二度もK-POP館へ行って、より寂しさが募りました。私の思いの矛先であるそなたよ、末永く健やかであれ。悲しい瞳も魅力的だけど、悲しみに飲み込まれないでね。杞憂ならいいのよ。私は心配性なのですよ。

 さて、宇多田の人間活動前の最後のコンサート「WILD LIFE」を観ながら、人の美しさについて考えています。美しいというのも、その影にある儚さと悲哀を感じさせますね。ジョンハン、そなたのことだよ!