遅かれ早かれ光は届くぜ

 亡くなった時が一番名が知れる時、というのは何だかとても切ない。どうして皆、死を選ぶのか。先行き不透明な社会、頑張っても報われない社会、そして決して透明ではない社会、それが日本という国です。残念ながら、生きていれば報われる国ではない。

 どうにもならないと知った時、人は究極の選択を選ぶのかな。本当は何とかなるはずなんです 。道はひとつではないから。でも、そんなこと皆分かっているよね。分かっていてもどうにもならないんだよね。 寂しいよ。年間三万人弱だっけ?の自殺者がいる日本で、のほほんと幸せに 「賃マン(賃貸マンション)あるから楽やわー。」とかつての同級生のように言える人間なら苦労しないわ。

 私は死の寸前まで行ったことがありましたが、後に死ぬよりも辛い経験をし、いっそ死んだ方がましだという境地に辿り着き、何かが吹っ切れました。今でも、あの時死んでいれば、後の経験は味わわずに済んだのだ、と思うと何とも言えませんが、これもひとつの経験、社会勉強に過ぎない、と思えば大したことない。

 もしかすると、もしかするとですが、このまま生きていくより、今散った方が幸せなのかもしれません。周りから見れば悲痛かもしれませんが、本人にとっては救済だったのかもしれない。私も昔から、というより数年前から「もういいかなー。」と幾度となく思いました。結婚も出産もしないしさ、大した人間じゃないからもう許してくれ、といった感じ。

 「死にたい」とネットで呟くわけでもなく、「助けて」と訴えるわけでもなく、ひっそりと旅立っていく人々。春馬くんの死で思いました。「私は春馬くんの年齢を越えてみせる」と。春馬くんが生きた30年間を決して忘れない。私も頑張って30歳になり、どんな景色を見られるのか、今からとても楽しみ。エイジング、エイジングって年を取れるのはありがたいことだぞバカ野郎!