なくしたもの、探しに行こう

 いつまでもこだわり、囚われ、考え込んでもどうにもならないと知りました。癒えることがないだろうと思い込んでいた傷も、いつの日か、抱えながら生きていけたらいいね。無理に悲しみを癒そうと必死だった私は、パイセンに傾倒したり、それはそれは忙しく過ごしていました。

 でもそれらは全て、まやかしに過ぎぬ。確かにパイセンに出会い、救われ、生き延びたのは事実。パイセンの音楽が、びしょ濡れの心に灯りを灯してくれたね。悲しい時にはしっかり悲しみ、悲しみ抜かなければならなかったのかもしれません。変に誤魔化してしまったせいで、今、こんなにも苦しいのかもしれません。

 気が付くと彼のことばかり考えている私は、果たして彼が今でも生きていたら、こんなに考え込むことはなかったかもしれない、との思いに至りました。皆さあ、あそこが痛いだここが痛いだ何だってごちゃごちゃうるさいけどさ、生きてるんだからいいだろう?

 春馬くんは死んじゃったんだよ。もういないんだよ。どんなテレビを観ても、ドラマの番宣を観ても、もう二度と彼は出演しないことを思うと、涙が止まらなくなる。なくしたものばかりに目を向けるのではなく、彼が残してくれたものに目を向けようと思っても、映像作品はとてもじゃないけど観られないんだ。

 会いたいよ。一目でいいから会いたいよ。私が天寿を全うしたら、迎えに来てね。ブログでは、明るい話題をお話出来たらいいのですが、いかんせん脳内が春馬くん一色なので、連日この話題で申し訳ありません。きっと脳内メーカーで診断したら、「馬」に埋め尽くされているんだろう。しかしなんで死んじまったのかね。そんなことばかり考え続ければ、それはいつか限界が来る。

 世の中にはどう頑張っても、どうにもならないことがあるのかもしれない。なぜ、という答えの見えない問に挑み、泣き疲れて眠る夜は、もう止めたほうがいい。いくら考えたって分からないし、きっと本人も分からないでしょう。ヤフーで春馬くんに関する記事は、一切スルーしていますが、ふと、春馬くんといちき串木野市の関係を記す記事を目にしました。

 数年前、鹿児島県のいちき串木野市へは行ったなー。尊敬する方と一緒に、その方の故郷である鹿児島県へ研修旅行と称し、案内してくださった記憶が甦りました。春馬くんもいちき串木野市へ足を運んだのかしら?なんて思うと、またまたぽろぽろと泣いてしまいました。一体いつまで泣けば気が済むのだ。

 映画「天外者」、私はきっと観られないけれど、またまた縁を感じ、救えなかった事実に押し潰されそうだよ。死ななくてもよかった。でも、死ぬしかないと思うところまで追い詰められていたんだね。かわいそうなことをしました。なぜか私が責任を感じ、救えたかもしれないと躍起になっているのもおかしな話です。

 そんな中、SEVENTEENが新しいアルバムを出すね。パイセンにひた走り、全く追いかけていなかったため、果たして「ポリシーのある追っかけ」と名乗れるのかと悩み、「ポリシーのある(パイセンの)追っかけ」にしようかしら?いや、それならこのアカウントどうすんねん!などと考え、あたふたしていました。

 でもね、このブログとツイッターは、私の拠り所なんだ。炎上しない限り、ひっそりと続けるつもり。いや、どこかで炎上するならしろ、と思っているけれど、実際したら即アカウントを消し、国外逃亡が目に見えている。ハハハ!

 身体が干からびるのではないか、と危惧されるほど涙が止まらない私は、いつになったら悲しくなくなるのか、それさえも分かりません。でも、私にはパイセンもSEVENTEENもいるし、曲がりなりにもポリシーのある追っかけだし、このポリシーに苦しめられるけれど、ポリシーがあるからこそ私だし。

 なくしたものばかりに囚われ、どうにかならなかったのかと考え続ければ、いつかは私が生きることさえままならなくなる。それは誰も望んでいないし、自分のことを大切にして、誰かのことをそっと思うべし。もういないけれど、確かに生きていたよ。君は、確かに存在したよ。そして、私の心の中にいるよ。いついかなる時も。