Never let Me Go.

 ついに読了しました。カズオ・イシグロの名作『わたしを離さないで』を嗚咽しながらも読み終えました。読み終えた今、静かな悲しみと、確かな生の手応えにうち震えています。春馬くん、良い演技をしていたね。繊細なトミーを見事に演じ切っていたね。私はドラマ版が大好きだったんだ。キャシーとルース、そしてトミーは、綾瀬はるか水川あさみ、そして三浦春馬でないと成り立たなかった、そんな気がします。

 あまりにも透明で、あまりにも残酷な仕打ちに泣けてくるけれど、時間が限られているからこそ、見える景色もあるのかもしれない、とただただ感じる静かな悲しみに永遠に横たわっていたい。そんな気分よ。キャシーのトミーに対する気持ちは痛いほど分かりましたが、実はトミーはどう思っているのか、小説を読んでも途中までよく分からなかったおバカさんは、あたいです。

 このように色んなことを掴み損ねてきたであろう私は、遂に思いを果たす二人に大変心惹かれ、感情移入し、最後は嗚咽するのです。「もっと早く出会いたかった」という出会いもあれば、「出会ったのが早すぎた」というものもあるのではないでしょうか。私の場合、以前のブログでも書きましたが、小学校の同級生への思いをいまだに引きずっています。アラサーのあたいがですよ。泣かせる。

 彼がくれた遊☆戯☆王カードや彼の耳の綿毛を思う時、もし、私が私立中学に進学しなかったら、一緒になれたのだろうか、との思いが頭を過ります。彼はいわゆるヤンキーでしたし、小学校一年生の時に私とトラブルを起こし、両親は快く思っていないのは確か。私もあれは向こうがが100%悪いと思うけれど、憎みきれない。いや、100対0で向こうが悪い。

 だから彼の話は、我が家では何となくタブーの空気があります。小学校の思い出話に花を咲かせても、私もその話題は避けるし、両親も口にしません。でも、私はずっと彼が好きでした。彼の弟も可愛がっていた私は、今でもその子が愛しいです。兄貴に似て、というより兄弟全員ヤンキーで、優等生ポジションとでもいう私は、その様子を微笑ましく見ていました。自分にはない荒らさや、その奥に見える優しさに心惹かれていたのかもしれません。

 確か卒業前に、生徒一同が近所の保育園の児童と、保育園にあるイチゴ畑でイチゴ狩りをしたことがありました。その時、ヤンキーの彼が幼子に優しくイチゴを食べさせる姿を見て、涙が出そうになった記憶があります。ヤンキーはさ、そういうギャップ萌えを狙えるから羨ましいわ。優等生ポジションはさ、幼子に優しくして当たり前だから不利よね。

 幼子にイチゴを食べさせる姿が何だかサマになっていて、私が私立へ進学するためもう会えないのだ、という事実が余計重くのし掛かり、どことなく寂しいイチゴ狩りでした。ずっと好きだったのに、果たせなかった思い。たかが子どもの恋愛感情に過ぎない、と言われればそれまでですが、私には永遠の心のしこりとして残る気がしています。

 キャシーとトミーを待ち受ける運命を思う時、果たせなかった私自身の願いは、少しずつ浄化されていくのかもしれません。実に多感な時期を過ごしたわけですが、あの頃の熱い思いが、果たして今の私に残されているのか甚だ疑問であります。あの時、確かに心は通じ合っていたよね。

 人生のピーク、おそらく異性との交流における人生のピークは、残念ながら小学校で終えてしまったように思います。中高6年間は女子高でのびのび過ごし、大学で再びの異性との対面に、すっかり怖じ気づきました。もうすぐ28歳、いわゆるがっつりアラサーに突入する私が、小学校時代のヤンキーを引きずるのはどうもおかしい。

 宇多田ヒカルの歌詞に「ずっと前に好きだった人、冬に子どもが生まれるそうだ」というものがあります。彼の子どもならきっと可愛いだろう、父親になったら、あのイチゴ狩りの時のように、優しく子どもにイチゴを食べさせてあげるのだろう、と考えると、私はどこで道を間違えたかと途方に暮れるのです。

 思い出補正、きっとそれもあるのかもしれません。かつて、仲の良かった男の子の友達とヤンキーの彼、そして私で遊び回っている夢を見ました。あまりにも楽しく幸せだったので、起きた瞬間、夢だと分かると悲しくて静かに泣いた記憶があります。あんなに好きだったのに、好きだと伝えることもなく、結局別の道を歩んだけれど、心の成長はそこで止めてしまったのかもしれない。

 恋愛経験もなく、過去の夢ばかり見ている私は、ずっとこのままでも構わない、とどこかで思っています。思い出さえあれば、好きな時に宝箱から取り出し、浸ることが出来る。でも、果たしてそれが健全なアラサーでしょうか。アラサーは、もっと恋に仕事に邁進しなければならないのではないでしょうか。

 思い出に勝る美酒はなく、永遠の輝きを見せる私だけの宝箱。実らなかったからこそ、浅い夢だからこそ胸を離れず、いつまでも私の心に残り続けるのでしょう。振り返るとそこは、広大な森の中にある立派な校舎で、ランチルームからの眺めは絶景なのです。まるで全てを昨日のことのように思い出すのは、私に明日という希望が見出だせないからでしょう。

 過去に帰ることでつかの間の安息を得た私は、いつかは訪れるであろう、過去との決別も視野に入れなければなりません。もし彼が父親になっていたら、ヤンキー特有の襟足を長くした髪型にだけは、子どもをさせないで欲しい。ヤンキーには珍しく、彼自身はすっきりとした襟足だっため、きっと大丈夫でしょう。私も頑張るから、あんたも気張んなさい!