素直な言葉はまだお預け

 一躍時の人となった岡田晴恵教授は、世間におもねり始めた途端に堕落の一途を辿ります。え?急になにって?昨夜の深夜番組にて、本当の私とかなんとか言って出演していたので、「フーン…」と思い、即チャンネルを変えました。俳優の遠藤憲一もさ、実は可愛いおじさんみたいに言われ始め、自分からそこに寄せて行ったため、堕落の一途を辿ったと思われます。え?どうでもいいって?アルゲッスムニダ。

 それにしてもさ、物事には全て旬があり、その旬を逃すとどうにもこうにも厳しいことを悟りました。昨夜のWBSにて、パナソニックの社長が中国の巨大市場について話していましたが、正直パナソニックの旬は過ぎている気がする。私も美容家電にお世話になり、信頼はしていますが、やはりパナソニックはもう旬じゃないんですよ。だから話を聞いてもあまり頭に入りませんでした。

 勿論、旬を過ぎてからが本気の見せ所でしょうし、旬にばかり囚われるのもナンセンスですが、やはり翳りが見えました。なかなか厳しいね。さて、中国では11月11日は独身の日ということもあり、みんな、あの手この手で物を売りつけ消費を煽りますが、何だか物を買ってくれ、買ってくれというのは実に品がない気がする。世の中の仕組み上、どうしようもありませんが、あの手この手でむしり取ろうという姿勢に辟易しちゃった。

 だからこそ、池袋のメガネ屋の店主の売れても全く嬉しくなさそうな態度にホッとするのかもしれない。「喜んで!」感皆無の、むしろ面倒臭そうな態度に安堵してしまうのかもね。「ありがとうございますぅ♪ピースピース!」という接客に慣れ親しんでしまった我々にとっては、老舗メガネ屋の接客は実に新鮮でござる。

 拝金主義だと「情熱大陸」の寿司屋にうんざりしても、それを有り難がる消費者がいる以上、その商売は成り立ちます。「安くて旨い」を追求してこそ職人でしょうよ、と憤っても、寿司職人のこだわりにそれだけ払う価値がある、と思える人たちによって支えられる商売もあります。私が「ケッ」と思っても、それは価値観の違いによりどうにもなりません。

 あたしゃ何だか虚しくなったよ。「安くて旨い」こそが真のプロフェッショナルだと思っていますが、ま、いいでしょう。(許しません)しかし許すとか許さないとか、いい加減自分のために全てを許してみようと思わないでもない。でも、やはりムキー!となり、昨日もスマホに夢中で子供に無関心な親を見ると、「子どもが寂しそうでしょうが!」と乱入したくなるのさ。しかし両親いわく、いくら子に無関心な親でも子どもにとっては唯一の親であるため、「ママー!」と泣きつくから心配しなくてもいいらしいです。

 いかんせん、私は雑音に惑わされ過ぎだね。筒井康隆の『七瀬ふたたび』の主人公、読心術を持った七瀬顔負けの読心術で相手の心を、裏を読もうとし、いつもヘロヘロなんです。子どもが寂しそうにしていようが、私の子どもではないんですよ。でも気になってしまう。もっと親は話を聞いてあげればいいのに、と思う。でもその親自身も誰かに話を聞いて欲しいんですよ。日本社会がもうあっぷあっぷのところまで来ていると思います。

 日本に限らず、世界中がもうあっぷあっぷでしょう。その中で出来るだけ誠実に、期待をされた分は頑張りたいと思えば思うほど足がすくむのはなぜ?読心術に磨きをかけている場合ではないね。些細なことを一大事かのように捉え、何でも怖がらなくていい。どう頑張ってもどうにもならなかったら、その時また考えればいい。

 さて、学生の頃は筒井康隆を読み漁り、中でも『七瀬ふたたび』には読む度に泣かされました。七瀬の高い感受性は、時に彼女自身を苦しめます。七瀬の唯一の味方である岩淵恒夫の存在は、予備校時代の私の支えでもありました。人生の要所要所で本に支えられ、本と共に歩んできたであろう私の道。これまでも、これからも、きっと私は頁を捲るし、その度に感激し、涙するんだろう。自分の感受性くらい、自分で守れ。守り抜け。