言葉に全部は託せなくても

 歯医者さんわず。隣の外国人の患者さんが先生の丁寧な説明を遮って喋り始めるので、いつもは温厚な先生もイラッとしていて笑いました。とりあえず聞け。相手の話をとりあえず最後まで聞け。色んな患者さんがいるから皆大変だろう。日本はチップ文化ではないため、無償の奉仕が求められていますよね。私も求めちゃうけど、サービスはもっとあっさりしていてもいいのかもしれません。

 あっさりと感じが悪いのは別よ。そこを履き違えてもらっちゃ困る。無駄に攻撃的な人間にも出くわし、時々面食らいますが、それはもう放っておこう。私は目の前にいる大切な人だけを大切にしよう。面食らう時間がバカらしいわ。心を砕きすぎない、というのも目下の課題であり、それがなかなか難しいのだ。大切な人が傷ついていたり、弱っていたらダッシュで駆け付けますが、それ以外は景色に過ぎない。日々、訓練だね。

 さて、昨日は新宿御苑へ舞い降りました。都会の真ん中に広大な敷地を誇り、大木がそびえ立つ風景は圧巻。どこか寂しげな秋の気配に胸がいっぱいになりながら、ずんずん進みます。鮮やかな木々の色づきを見ると、「木々が芽吹く、月日巡る」という宇多田ヒカルの歌詞が頭をかすめ、なかなかグッと来る。皆、思い思いに紅葉を楽しみ、写真を撮りながら笑い合う。

 これこそが幸せってやつじゃない?と思うと、幸せはそこかしこに転がっていて、それを見つけられるか見つけられないかに過ぎないと悟りました。私を可愛がってくれた父上の上司は、「ちい、幸せ感じ上手になろうな。」とよく言っていました。「幸せ感じ上手」とはなかなか良い言葉ね。不平不満を言うのは簡単ですが、逆にあんたは人に優しくしてるのかい?感性を鈍らせるなよ。

 言葉には心が宿る。だから毎日ブーブー言っているおばはんは(おばはんに限らずですが)、やはり美しくはないよね。空の青さに泣けてくる日もあるけれど、そんな自分も悪くないと思っています。だってそれが私だから。父上の上司は、新聞で気になった記事をスクラップして、一言コメントを書いたノートを見せてくれました。

 その数は膨大で、なんて真面目で一生懸命なんだろうか、と泣けてきた日を思い出します。単身赴任先の狭いワンルームで一人、新聞を切り抜き、コメントを書く。その作業をする姿を想像し、また泣けました。そうやって影で一人努力する人々が、本当は報われるべきなんです。でも、努力できる人は、悲しいかな、頑張りすぎてしまいがちなんです。
 
 あのノートを見た時、私は誠実で一生懸命だけど、どこな不器用な人を愛しく思うことに気付きました。新宿御苑の木々を見ながら、かつての日々を思う。紅葉に囲まれながらのBGMは、安全地帯の「マスカレード」で決まりだね!