記憶の中の君

また春が来たね。今年の春はいつもと違う春が来るかもしれないと期待したのに、また代わり映えしない春が来た。でもよく考えてみると、変わることがそんなに大切なのかな。変わらないことが何よりの幸せなのかもしれないのに。ほんの小さなすれ違いや行き違いにうんざりしながらも、切っても切れない縁。そんな縁にがんじがらめになりながらもやり過ごす春の日。

人をこの世に止めるものは、小さくても確かな縁に他なりません。人間関係に嫌気が差しても、いつかはその複雑で難解な縁に感謝する日が訪れるよ、きっと。尊敬する人生のパイセンからの久しぶりのメールがとても嬉しかった。私を覚えていてくれたことが有り難かったんだ。読書家なパイセンは、以前、本棚にある本のリストを送ってくれました。貸しても良いし、場合によっては差し上げるとの手紙を添えて。

その手紙を読んだ父上は(見せちゃだめ?)「これはラブレターだ!昭和のラブレターだ!」と興奮。そんなこと、鈍すぎるこの私に分かるわけなかろう?平成、そして令和の愛の告白すらも分からない私が(そもそもありませんが)昭和のラブレターなんぞ分かるわけなかろう?と思い読み返してみましたが、やっぱり分からなかったよ。

でも母上によると「親愛なる情」は読み取れるらしい。母上いわく親愛なる情は愛情も含まれるんだって。キャー!いかんせん年の差がエグいですから。父上が「きっと、もっと遅くに生まれてきたかったと思ってるはず。」と真面目な顔をして言うので照れます。私と致しましては、若くて眩しい子がいいけどね。かくいう私も高校生までは年上推しでした。でも恩師が「じじいはやめとけ。」と言うので笑いましたが。今ならその意味が分かる。

私も20代後半に差し掛かり、若さにすがってしまうのかもしれない。頬ピークスコアが高い青年に心酔するのも寂しいからだね、きっと。ジョンハンによってしか満たされない何かをジョンハンに似ている青年によって埋め合わせようとすな。また勝手に冷却期間を置きました。てへ!もう二度とノコノコ行かない。

実を言うと、冷却期間を置いている間に愛が育って欲しい。でも愛は既に、見えないところに、すぐ側に生まれているのかもしれない。恋に恋している状態では何も見えないのが残念だね。大切な人を大切にする、それだけでいいんです。記憶の中の君はいつも美しく、気だるそうな、少し投げやりな声も好き。負けた!