また会えるよ、約束しなくても

ヤッホー!料理研究家に密着した「情熱大陸」にて、彼女の夫の小言に「夫婦の溝」をしっかり感じてしまいました。てへ。ますます気持ちが結婚から遠退いたぜ。昔から結婚願望がなくて、何なら「彼氏欲しいねん!」というパッションもなく、何となくで生きてきたけどね。そんな私にも転機が訪れ、最近は「この人と付き合いたい!!」とモーレツな熱情に苦しめられたりもしたけれど、一応元気です。

私はさ、実を言うと感情の起伏が激しいらしい。(ご存知かしら?)春馬が亡くなった際、あまりにも悲しいから銀座にある茨城県のアンテナショップへ行き、納豆鉢を連れて帰りました。何かを手元に残したい、という熱意。絶対に忘れたくないという思いからだったのかもしれません。そんな私は父いわく「激しい」らしい。

普段はその激しさを滅多に見せないが、実はかなり激しいと言われ、ちょっぴりてへぺろです。確かにポーカーフェイスらしいし、恩師から言われたあだ名はモナリザだし、「わて、もしかして無表情でっか?」と思い悩んだりもしたけれど、何とか生きてる。

高校の卒業式の日、職員室に挨拶へ行きました。すると、今は亡きカナダ人の英語の先生が私を連れ、他の先生たちの机を周り「うちのモナリザよ~!モナリザそっくりでしょう!」と満面の笑みで紹介してくれたことを思い出します。先生、追悼礼拝へ行けなくてごめんね。あんなに可愛がってくれたのに、お花の一つも手向けないでごめんね。

内に秘めたる情熱や激しさは、私の拠り所でもあるかもしれない。この熱意だけは守り続けたいよ。時に熱情に苦しめられたりもするけれど、それによって「生きてる!」という感覚が得られるのだ。春馬、いつか会おうね。いつになるのかは分からないけど、私が天寿を全うしたら、向こう岸で微笑んでね。

「先に逝くなんて許しがたい。私が悲しいじゃないか。こんなにも耐え難いのに。」と憤った日もありました。でも何かの新聞に、「先に逝った人のことを許してあげてください。」と書いてあったと母から聞きました。一番悲しかったのは、春馬に他ならないんだよね。私がまだたまに、ベッドで泣いちゃう日もあるなんてどうでもいいことだよね。

「許す」ということ。「受け入れる」ということ。「納得する」ということ。私が大好きな人は「無理に受け入れようとしなくていいし、納得しようとしなくてもいい。」と言ってくれました。ならば、無理に許そうともしなくていいかな。いつか彼も私も許される日が来るかも知れないから。

春馬は自分を許せなかったような気がします。環境を変えてあげたかった。全て後の祭りだけど、もっとああしてあげたかったな、こうしてあげたかったな、という思いが溢れてきちゃうね。私もこんな自分を許せないまま、ゆるゆる生きてるよ。ゆるゆる生きるのも意外に難しいんだよね。セカセカセカセカ、セカセカセカセカ世界を敵にして生きる方が楽なんざます。

有吉の結婚がショックだし、実は有吉ロスだし、もう今までみたいに「有吉ぃぃeee!」を観ても笑えなくなっちゃったけど、有吉が生きていてくれたらいいです。有吉が何を言っても上の空になっちゃうけど、幸せならOKです👍ウッウッ…とにかく、生きてることが辛いなら「死にたいぐらい辛いわね。」という気持ちをうやむやにしないこと。

「死にたいわね。」という気持ちを流しちゃだめだよ。痛くても辛さに向き合えば、自分が何を根拠にこんなに辛いのかが自ずと見えてくるように思います。見えてきたら、適材適所に自分を置いてあげる努力を全力でする。私は勉強、今は韓国語の勉強をもっと頑張り、使えるものにすることを決めました。

今までも韓国語をきっかけにやりたい仕事が見つかり、資格を取って働こうとしていました。しかし試験は不合格。不合格でも学校に通って講習を受ければ、資格が得られるんだって。何だか眉唾もんじゃない?とインターネットで調べてみたら、知らんおっさんがこの資格のことをこき下ろしていました。しかし、その理屈が妙に納得できる。

知らんおっさんの酷評と、試験会場へ向かう列車にて、受験者たちの異様なまでの暗さが決め手となり、その夢は意外にもあっさり捨てました。何かね、私も目指しといてあれなんだけど、受験する人たちがめちゃめちゃ陰気やってん。私だけお弁当持参でニコニコしていて、がっつり浮いてました。

「その暗さで人に教える仕事が出来ますかね!?」 というほどの暗さ、分かりますかな?試験に落ちた恨み節のように聞こえたら申し訳ないのですが、この業界に未来はない。知らんおっさん、酷評してくれてありがとうな!という気持ちです。

というわけで、もう少し韓国語を頑張ることに決めました。いつか自分を適材適所な場所に置けるように、そのために頑張ってみる。時々腐っちゃうこともあるけれど、腐りながらもやればいいじゃん。いいじゃん、愛があれば。