知りたい、知らないあなたを

やっほ〜。気が付けば髪型が又吉になっていたので、思いの外さっぱりしちゃいました。美容師たんには「肩につくかつかないかの長さで夜露死苦!」と念を押したにも関わらず、がっつりショートヘアやないか。

ま、超かわいいからよし!もしかしたら私の又吉具合があまりにも悲惨だったため、美容師たんの気合が入りすぎたのかも。美容師魂に火をつける又吉最強。

大学生の頃、以前通っていた美容院にて「ボブでお願いします!」とオーダー。結果的にとても可愛かったからよしとしたい。ただ、なぜか美容師さんが満足げに「マチルダボブです✌」と言うんです。

ん?私は一言も「マチルダボブでお願いします!」とは言っていないはずなのに何事?東京の美容師さんは我が強くて笑えますな。いいと思う。ちなみにマチルダとは映画「レオン」に出てくる悲しき少女です。

しかしまあ、気を抜くと髪型が本当に又吉になるから困りますわ。皆さんは気を抜くと、髪型が又吉になったりしませんか?なるわけないやろって?ならない方がいいです。ならないことの幸せを噛み締めてください!

さてさて、いきなり近況報告。ちょっと我が家の生活スタイルが変わりました。好きな時に映画を観て、本を読み、気が向いたら韓国語の勉強しよー!という気ままなライフスタイルとは暫しお別れかな。

「勉強を続けられる環境がある」ということの贅沢さと有り難みを噛み締めています。ずっとそれが当たり前で生活していると、なかなか気付かないものだね。「気まま」ってこの世で一番の贅沢だよ。

ヒカルパイセンも「失ってから気づくのはやめよう」と言ってるしね。今はとにかくチームプレイで乗り切るゾ。もうそろそろ社会に戻れというお告げかも。戻りたくない!

何もしたくないという強い気持ちを持ち、本当に何もしないでいたらこんなことに!本当は人が好きなのに。自然観測員になりたい。ウソ、本当は何もしたくない。

さて、最近の私のブログを読み返していたら、店員さんにキレ散らかす日記が続き、我ながら悲しくなってしまいました。それこそが世の中との接点がない証に他ならないからです。

いつの間にか他人が無神経の塊に見え、じっとしています。大学生の頃、中高時代の同窓会の誘いを断ったら、二度と誘われなくなったけど元気です。数年前、気まぐれで友人に年賀状を出してみたら、ダブルで返事が来なかったけど元気です。

もしかして私がおかしいのか?最近の芸能人はこぞって「友達いませんw」と言うけど、そんなものは筋金入りの私に言わせたらねー。ファッション友達いない君は絶対に認めぬ。

どのように拗れ、どのように疎遠になったのかを小論文に書いて私まで送りなさい。悲しい色やね。ま、その時が楽しかったからいいか。振り返ると、瑞々しくて、柔らかくて、甘い時間でしたな。それだけでいいんだよね、きっと。

なくしたものを追い求めるよりも、なくしたものを心の中で温めて、そっと大切にすること。そんな中でいつかまた縁が紡がれるかもしれないし、二度と再会することはないかもしれない。

そもそも、なくしたと思っているのは私の勘違いかもしれないし、残念ながらそうではないかもしれない。人間は本来、ゆらゆらと流動的なものなのかもしれません。それをSNSの過度な発達が阻害しているのだ!

人間本来の自由さ、水が流れるように生きたいというささやかな希望さえ、SNSが剥奪していると思います。私自身は、本当に大切だと思うことは言わないし書きません。

ただ、思うことなどは書いているつもり。文章は書けば書くほど洗練されると思います。だからはてなブログは続けていてよかったかな。やっぱりコロナ時代を経て、大事なのはフェイス・トゥ・フェイスやと実感しました。

その人の顔や目を見るだけでホッとするし、心から救われます。目には気持ちがこもるからね👀前にも書いたと思いますが、昔、父上が「目が暗いのはだめだ」と言ったことがあります。

あの時の言葉の意味がよく分かるお年頃になってしまいました。悲しいZ!私はいついかなる時も、がっつり人の目を見て話してしまいます。それだけどんな時でもガチンコ勝負ということなのかも。見方を変えれば、いちいち重いとも言えますが。

だからこそ、勝手に相手に期待するし、だからこそ、その分失望する。それがやがて怒りに変わるんだろうと思います。アンガーマネジメント云々の話ではない。つまり!かなり悲しい生き物なのである!

もしかしたら、自分自身が悲しい生き物なのかも?と思われた方は、期待した分、応えてくれる場合もあるということを胸に刻んでくださいね。応えてくれたー!という喜びは、やっぱり生きていればこそ味わえますな。

昔ね、ある時出会った女の子に「今まで出会った人の中で一番優しい」と言われたことがあります。うん、私も僭越ながらそう思う。本当に優しい人は、自分でそんなことは言わないと思われるかもしれんが。

筒井康隆の描くエスパーの七瀬三部作には「掛け金をおろす」という表現が頻繁に登場しました。七瀬には人の心を読む読心術があり、油断すると相手の意識が流れ込んできます。

それを防ぐために心の「掛け金」をおろし、感情が乱されるのを防ぐのです。シャッターをおろすのと同じ感覚なのかな。僭越ながら、私にもその作業が必要です。

七瀬ちゃんはエスパーという設定ですが、今でいうところの繊細さんや敏感さん、つまり感受性が強い性質ということではないかと思っています。あと美形。(てへ)自称HSPは認めません。

「私はHSPなんです!!」という主張はつまり、だから配慮しろ(してください!!)と弱者カードで殴りかかってきているということだと思っています。そんな図々しい振る舞いは、本当に繊細な人間が一番避けたいと思っているはず。

何だか最近の世の中は主張したもん勝ち、配慮しろ!と叫んだもん勝ちですよね。「配慮しろ!」と叫ぶ側は、自分自身が周りへの配慮がないのはお構いなしのようです。

はあ…早く香川智広君と幸せになりたい。岩淵恒夫でもいい。(誰やねん)ちなみに、ゴスペラーズのBody Callingは最強のヒーリングミュージックです✌️

 

みんな、元気でいてください!

 

 

 

王子様に見つけられたって

こんばんは。ブログはご無沙汰かも!ネットショッピングにて、ゴスペラーズの古のアルバムゲット!昔持っていた上に、かなりハマっていたのですが、数年前の断捨離祭りで「いや、誰が聴くねんw」とディスりながら売っ払ってすまん。

めっちゃ良いのになー。「星屑の街」も大好き!私にとっては一番好きな曲かな。松本幸四郎のドラマの主題歌でドラマも凄く良かったし、あの頃の日本製ドラマは力がありました。確かな力がね。

最近はブログも書く気が起きず、ツイッターも呟く気がせず、かと言って、ショボショボしていたわけでもなく。いや、かなり堪えたことはあったけど、自分の中で消化するしかないと腹を括りました。

皆、表には出さずとも腹を括ったり、誰かのために張り倒したりしてるんだね。いけいけ、どんどん張り倒せ!心の痛みが分からないやつは、体の痛みで少しでも感じるしかない。私はそう思うよ。

自分の中で消化、と言うと、私の両親はあらゆることを自分達の中で消化してきたんだと改めて思わされるのです。私はピーピー、ヒイヒイ、キリキリ、挙句の果てにはキイ!となっても笑って受け止めて貰えたからこそ、今があるんです。

逆に、両親がヒイヒイ言っていたことってあったかな?逆に。誰だっけ、ヒカルパイセンだったかな。ネットで見た話でさ、人にはもともと痛みがあって、誰かがその人の痛み止めになってくれたからこそ、痛みをそこまで感じなくて済んだのだと。

私達は日々、痛み止めになってくれる人の存在に救われています。持ちつ持たれつ精神で行きましょうね!まずはすぐに断罪するクセを見直すぜ。すぐにムムムという顔になってしまうのだ。

今日ね、家族で初来店の広島焼き屋さんへ行ったんです。そこの店員の女性が流れるような接客と言うのかな、心がなくて、しかも静かに高圧的で腹が立ったのよ。自分では手慣れていると思ってるのかもしれませんが、ナチュラルに失礼やん?とピキピキ。

でもね!彼女の接客にピキピキ来ているのはおそらく私のみ!流れるような心のない接客に「ハア?」となっているのはおそらく私のみ。他のお客さんたちは皆「ごちそうさまでした〜」と明るく帰って行くのだ。なんなん?私がキレすぎ?(そうです)

父上によると、おそらく大多数の客にとって、店員の女性は空気みたいなものだという話でした。空気だから顔も見ないし、興味がないからそもそもイラつかない。

店員の彼女自身も空気として扱われるのに慣れているので、私のように「人」として向き合われるのに慣れていないのではないか、という見立てでした。だからね、私の方が優しいんだって。人として期待している分、親切なんだって。

なんなん?めっちゃ悲しいやん。私自身、何だかんだ言って人が好きなので「こんにちは〜」という姿勢でいついかなる時もいるつもり。だからこそ、「いや、間に合ってます。」みたいなクール?言わせてもらえば可愛げがない人間が信じられなくて!よくそんな態度が取れますね〜と信じられなくて!

別にペコペコして欲しいわけではなくて、普通でいいのにさ。そういう店は大抵、入店と同時に「検温と消毒お願いします!!!」といきなりぶん殴ってきます。人を病原体のようにぶん殴ってきます。もう張り倒しちゃおうかなー。

面倒くさいから平手で張り倒して出禁になっちゃおうかなー。その前に警察呼ばれるって?確かに。両親に悪いから張り倒さないけど。(多分)

もはや張り倒さない自信もなく、救急車を蹴り飛ばす気持ちもよく分かってしまうからこそしんどい。私だって街中のクリスマスツリーをなぎ倒していいならなぎ倒しますよ。

「学生と学生のような客お断り」という慇懃無礼な張り紙をしている店も破壊します。してもいいならね。○ソジジイの八百屋にも自転車を投げ込んでいいなら投げ込みます。だから「救急車蹴るなんてww」みたいな反応は解せん。いや、蹴りたい時もあるやろ。

私自身がキレすぎという事実は事実としてある。ただ、ちょっとヤベーと思われる人だって大してヤバくないというか、生きていればそういう時もあるやろ。あんたにはないんか!?そこに愛はあるんか!?という盛大なお気持ち表明でした。

あかん、イライラを反芻してたらお腹空いてきちゃった!反芻は牛だけにしろってか。確かに。おやすみなちゃい🐮

 

 

 

それとこれとは関係ない

こんばんは。少し前に書いていて、いつの間にか頓挫したブログです。加筆修正済み!私ってこんなことを考えていたんだね。人生狂わすタイプな上に根に持つタイプ〜🕺暫し、お付き合い下さい!

ある日のできごと。お気に入りのカフェへ母と出向いた時のこと。私たちはまず、ベーグルを女性店員さんに渡し、続いてドリンクの注文へ。私が「ロイヤルミルク〜」と言っている途中で先程の店員(バカ)が「少々お待ち下さい!」と私の注文を遮ったのだ。

そして何事もなかったかのようにベーグルを温め始めました。「ん?店員さんに遮られたのは初めてだなあ。」と思いながら気を取り直し、お会計へ。会計が終わった後にdポイントの存在に気づき、「dポイントって付けてもらえますか?」と聞いてしまったマヌケな私。そんなバカ店員に!

すると案の定、「お会計前に言ってもらわないと付けられません!」とキツく言われ、初めて話している人を手で制してしまいました。「もうそれ以上何も言うな。」という意味ですね。

このように、現在の我が国には、本人の適性と仕事のミスマッチが多すぎる気がします。決められたルーティンを守りたいのなら、接客はやめなはれ。父上いわく、彼女が悪いのではなく、彼女を採用した採用担当者が全て悪いとのこと。

私と致しましては、そんなマニュアルガチガチ、ルーティン厳守○ソ女がカフェ店員のアルバイトに応募したこと自体、図々しくて腹立たしいですけどね!ただ、それは「勘違いはいくらでもある。」ということらしい。

そこで、例えば私がカッとなり、その店員を殺めてしまったら?ニュースでは「とてもいい店員さんでした。」と皆さんは彼女のために泣いてくれるのでしょうか。

仮にすごくいい人が殺されても、イマイチな人が殺されても、その報道に差があってはいけないと思うのです。私は先日まで放送されていたTBSドラマ「最愛」ガチ勢でした。

ドラマの最終回。女性に睡眠薬を飲ませ、暴行した息子の罪を「ちょっとイタズラしただけ。」と庇った父親。その父親を殺害した犯人が明らかにされます。何だか分かりやす過ぎん?

「こんなクズ野郎は殺されて然るべき。」という安易なメッセージにしか感じられず、一気に冷めました。分かりやすいメッセージが視聴者にはウケるということなら、バカにすんなし。

どんなにカフェ店員にムカッと来たからといって、絶対に殺したらあかん。カフェ店員としては適性がなかっただけで、彼女も誰かの大切な人に他ならないはずだから。

「最愛」ではバカ息子の犯した罪があまりにも重いため、視聴者も感情移入しやすいのかな。ただ安直だよね。視聴者を舐めちょる。スンチョル。(言いたいだけ)

世の中はもっと複雑で、「コイツ、許すまじ。」と思うような人間がいるからこそ、心ある人に出会った時、堪らなく救われるわけでしょう。そして、そんな心ある人が悲しい思いをしていたら私も悲しい、と愛が芽生えるわけでしょう。

なんかさ、簡単にまとめ過ぎ。人類を舐めるな。上質なドラマを作れ。バカだから分からないと国民を上から見るな。どう考えても私たちの感情の襞を甘く見てるよね。え?キレすぎ?

2022年は「許す年」にしようと意気込んだ瞬間からキレちょる。スンチョル。(言いたいだけ)私はこのキレ芸を受け入れてもらったからこそ、今があるというのにね。

読んでくれてありがとう👼おやすウジ🍚

 

 

 

約束はもうしない

こんばんは。夜更けにヒカルパイセンをヘッドフォンで聴いたらあかん。心が震え、気持ちが昂り、寝付けなくなります。連日こんな感じよ。そうは言っても、最近はあまり音楽を聴かなくなっていました。

なんだか気分じゃないの、という具合。少しずつ気力が復活し、やはりヒカルパイセンをエンドレスリピートちう。結局悲しくなって、たまに泣きながら寝てまちゅ。

今日はね、あ、もう昨日か。何だか色々ありました。カレー屋にて、じじい連中の御高説が店内に響き渡るという拷問を受け、すっかりライフは0になりました。

実は、その前にも我が家で一波乱ありましたが、ま、生きてれば色々あるよね。私自身、すぐに傷付いて泣くというこの性質にかなり悩まされるなど。気質?かわいそうにね。

最近は、くだらないというか、あまりに恥ずかしい話を平然と、というより聞いて欲しいかのように話すじじい連中が目につくなー。「あんな風になる前に早く死なないと。」という決意を新たにさせられますな。

ただいま、筒井康隆の『銀齢の果て』を読んでいるところデス。私が品性がないと思う彼らを見て「早く死なないと。」と考えることと、この小説のように、老人たちがバトル・ロワイアルを繰り広げざるを得ない状況の何が違うのかな、なんてことを考える夜更けなり。

ちなみに夜更けで思い出したけど、「こんな夜更けにバナナかよ」は多分観られる気がしないや。WOWOWパイセンがさ、何も言わずに春馬を追悼しているのか分からないけど、最近、多くの出演作を放送している気がする。

しかし春馬よ、君はやっぱり働きすぎだね。私も忘れたくない一心で片っ端から録画したけど、結局何も観れていません。ちょこちょこ挑戦しましたが、やはり泣けてくるので、もう挑戦することすらやめました。

皆さ、あそこが痛いだ、ここが痛いだ、あいつがあーだこーだ言うじゃん。「拡大自殺が〜」とかさ。私にしてみれば、ごちゃごちゃ言えることを有り難いと思え、としか言えん。

死んだら何も言えないんだぞ。人は必ず死ぬのに「いつまでも若々しく」とか「きれいな息で」とかさ。「人は必ず死ぬんだからね。」とメロンパンを齧りながら泣いていた仲里依紗ちゃん、その通りだと思うよ。

里依紗ちゃん主演のNHKドラマ「昨夜のカレー、明日のパン」の核心を突くシーンを久しぶりに観るなり、嗚咽してしまいました。大学生の頃に初めて観た時も「なんて凄いドラマなんだ!」とコーフンしたっけ。ただ、時を経た今の私が観ると、悲しくてもう観られないかも。

ここ数年で、春馬に限らず、悲しくて観られなくなった映画や、読めなくなった本が沢山あります。それが果たして成長なのか、負わなくてもいいはずの痛みを負ってしまった結果なのか、よく分かりません。

「物語」として無邪気に消費できていた頃が懐かしいね。人間には、今後の人生に活きる場合の痛みと、出来るなら一生味わわなくてもいいであろう痛みもあることを知りました。強いて言うならそれが分かったことが収穫かな。

無理にでも収穫を見出さないとやってられんとも言えるか。いや、「負うべき痛み」も「負わなくていい痛み」も本来ないか。痛みは負わないに限る!傷ついて強くなる、とかは過信しないほうが良い。きっと、人はそんなに強くないよ。

私たちは悲しいから歌うんだろうし、悲しいからギターを弾くのかな、なんてね。結局、生きてること自体が悲しいのだ。いや、暗っ!ブログを読んでくれたお方は、今すぐ塩をまいてくださいね。

ポンペイの人々の絶望に比べれば、私は甘っちょろすぎ!と自分に喝。てかさ、オリンピックを中国で開催してること自体おかしいやん?初めから買収されてますやん?そもそもオリンピックって何なんw

ちなみに、陵侑の胸元にいたパンダ、私に似てます。ギズモ、チェブラーシカ、と来て、オリンピックパンダちゃんがそっくりさんに仲間入り。とりあえず、早く人間になりたいのですが。

読んでくれてありがとう。おやすみ🐼

 

 

暗闇のなかの笑い

こんばんは。近所のドラッグストアの店員さん、通称、襟足長めインテリメガネ風おじさんが好きぴ!軽率に店員さんを好きになりがち。寂しがりがち。ハンカチ噛みがち。

いつも薬局へ一緒に行っている母上が「いたよ!」と教えてくれて、見事に至近距離で襟足を拝めました。私は本当にやっていることが子どもっぽいし、「襟足を拝めた!」とたかが襟足で満足する幼稚さよ。

インテリメガネ、あると思います!おしゃれツイッタラーや、おしゃれインスタ野郎が絶対に掛けないインテリメガネこそ良いのです。つまり、細フレームメガネですね。通称お医者さんメガネ👓

お医者さんで太フレームメガネは論外。お医者さんは細くて小さめなメガネを掛けなあかん。掟どす。黒縁太フレームを掛けた瞬間に破門ですね。ごめんやけど。

さてさて、元祖好きだった店員さんシリーズ①カフェのハニちゃん似。綺麗なお顔立ちに、こじんまりしたフォルム、あると思います!幸いなことに、ハニちゃん似がおしゃれツイッタラーでもおしゃれインスタ○ソ野郎でもなさそう!

セーフ。ギリセーフ。顔立ちの良さを自負する顔出し系だった日にゃ、私は居た堪れなくて寝込みます。2日くらい寝込むのでギリセーフ!リアルガチで告白しときゃよかったー。

ちょ、待てよ!?ってさ。(ホリの言い方で)ん?あれからもうすぐ1年?ヒイヒイ言っていたのがもう1年!ハニちゃん似は、同僚の店員さんに「俺、あと4時間もあるよ。」と言っていましたね。

そして、私はその後、とても大切なことに気付きました。ハニちゃん似は、私が注文した品を手渡してくれる時、目がキラキラしていた気がします。「目が潤んでいてきれいだな。」と感激したっけ。

そして、その晩はお決まりのインターネットパイセンで検索🔍目の輝きは好意であると書いてありました。その時、ようやく私は気付きました。

ハニちゃんの目の輝きは、私に向けられたものではなく、直前に「あと4時間もある。」と話していた、同僚の女の子に向けられたものであることに!ギャッ!!

その談笑の先に、たまたま私がいただけだと察した時の悲しみたるや。「髪の毛を燃やしたろか。」と思ったりもしたけれど、私はげんきです。ハニちゃん似にヒイヒイ言っていながら、その後のお話をしていなかったな、と思ったので振り返ってみました。

どう?まるで中2女子のようなノリのアラサーは?ヒイヒイ言うだけで何も進展しない、進展させる勇気のない女性のエピソードでした。襟足おじさんも遠くから眺めて「キャッ!」と言うだけ。今日も既定路線をひた走る文系でした。

 

おやすみ🍼

吠えても朝が怖い

こんばんは。先日、近所にオサレカフェが出来ていたのでふら〜っと外からチラ見。すると何だかイベント会場も兼ねた施設らしく、面倒くさいので「じゃ、いいです〜」と立ち去った文系デス。

知らん人間と「こんにちは〜」と調子を合わせて話すくらいなら一人でいさせて!とすぐに荒ぶってしまい、このザマ。私もしれ〜っと平野レミ一家の仲間入りを果たすくらいのガッツが欲しいよ。

あと「新婚さんいらっしゃい」に出演するガッツも。さて、本日は神楽坂から江戸川橋まで寒空の下をお散歩。神楽坂に、とあるキャラクターの銅像があり、ヘンテコリンだったので写真を撮りました。すると、後ろを歩いていた人も撮り始めてニヒヒ。

おそらく映えスポットではないはずですが、皆、続くよね〜!撮るよね〜!蔵前のボロボロ古書店も面白かったので撮っていたら、やっぱり続くよね〜!ようやくおしゃれツイッタラーの快感が分かった気がします。

「流行を発信してますねん!」という快感ですね。分かります。よく分かります。もう座敷わらしとしてどなたか雇ってほちい。繁盛しまっせ!

そうそう、先ほど相葉マナブを観ていたら、また皆が「絶対美味しいやつ!」の大合唱を始めました。毎回よくもまあ飽きもせず同じ言葉を…語彙力ないんか!喝!

相葉マナブで一週間の時の流れの速さを実感しますな。それにしても、進行役が○ゲ二人って何!?ハ○はせめて一人にしとけ。二人は多すぎ。出すなら若ハゲサンキューを呼んで下さい!

ハハハ。そういえば、最近の芸能人たちは「友達いません。」発言がブームなのかな?例えば小手伸也とか。(小手伸也かーい🍷)他の誰かも言ってたなー。あの、それは私の専売特許なのですが。

以前は交遊録自慢ブームだった気がするけど、今は周りと馴染めない俺ブームか。それは私に許可を取ってから使っておくんなんし。

そんなことより、「おつかれ生です。」でガッキーにビールを渡す女将、作り笑顔が怖すぎる。サイコパスババアです。何だか話が右往左往しましたね。とりあえず、カセットHDDに録り溜め、化石と化した映画たちを消費するぜ!おやすみんぎゅ🐕(まだ寝ません)

 

 

 

 

青い空をずっと手探り

こんばんは。宇多田ヒカルです。(てへぺろ)連日の殺伐としたニュースにちょっぴりお疲れモード。色々と思うところはありますが、その全てを書き記すのも寒いかな?と思って自制ちう。

さて、You Tubeを観ていたら、たまたま宇多田ヒカルパイセンのインスタライブ映像を発見!視聴者からの「トラウマ」についての考え方というのかな。どうやって自分を癒やすか、というお題でした。

パイセンはね、自分を許してあげることも大切だとお話していました。心の傷も身体の傷と同じようにすぐに治るものもあれば、「治るまで時間が掛かるなー。」というものまで様々。

特に印象的だったのは、「身体の傷に対しては、治りが遅くても、何で治らないの。私のポンコツー!と思ったりしない。早く良くなるように手当をしたり、色々してあげるよね。それと一緒かな。」

「治る傷もあるし、治らない傷もある。治るまですごく時間が掛かるものもある。」といったようなお話でした。まさにセラピーの時間。ぐすん。

彼女自身、とても言葉を選びながら、考えながら、「私の場合はね。」という姿勢に泣けましたわ。全く泣かせるぜ。冒頭では、誰かに話を聞いてもらうのも良いとも言っていました。

「自分自身は人に話せるようになったらもう大丈夫かな?とも思う。」という言葉もありました。そうだよね。本当にそう思いました。

澱のような感情を一旦整理し、まとめ直し、蓋をしていた記憶や感情に向き合う。そして、その思いを受け止めて貰えた時、私は真に救われているのだと思います。

「私はこんなに辛い。過去に縛られてこんなにも苦しい。」と感じる時、どこかで苦しむ自分に縋っていないかな。自己憐憫が快感になる前に止めなくては、と思っていたのも事実。

「顔で笑って心で泣く」という人も沢山いるんです。ピーピー泣けるだけ幸せじゃボケ!と自分に喝。結局、人は人によって救われるし、自分自身も、知らないところで誰かを救っているかもしれませんよね。

私はピーピー、ぐちぐちモードの時は、母上に聞いて貰っています。なんとこの年で!エッヘン。最近、ぐちぐちモードの日を日記にメモし始めました。

すると「大体、月イチ!?」ということが判明。これが俗に言うPMSってやつ?あまり決めつけても良くないけどね。第一、ぐちぐちモードの日は母上に悪い。おまけに私自身も何だかやるせないのでね。ま、ぼちぼちですな。

いっそのことomiaiリフトでも乗るか!ガハハ。案外、人は話を聞いてもらうだけで回復します。そして、その柔らかい空気感だけで疼いていた傷が治癒することもある。あると思います!

周りのジジイたちは、すぐに結婚を勧めてくる傾向がありませんか?私はその度に「結婚も出産もしませんがね。」と心の中で思っていました。

でも、その頑なさがまさに「自分自身を許していない証」であることにも気付きました。それくらい自分を戒めないといけないくらい、自分自身には価値がないとも思っていました。

今も思っているけど、実はガツガツ婚活した方が救われるのかな?omiaiリフトも絶対に乗りま…せん!!〇〇活、という流れに拒絶反応がありますのでね。

就活、婚活、妊活、終活、死ぬど〜!まともに向き合っていたら死ぬど。何事もまともに真っ向から対峙したら死ぬど。全ては天からの授かりものや。おきばりやす!!(これどういう意味?)

本当は幸せになりたいぜ。幸せってなんじゃろうな?と思いましたが、無償で与え合うことじゃなかろうかね。「無償」というのがポイントです。受験生の皆さん、メモして下さい!

 

おやすみ〜(•ө•)♡