喜びも悲しみも全て真夏の夢なんです、きっと。どんなに願っても、求めても叶わない夢もある。もがいて、のたうちまわっても、手に入れられないものもある。それでも求めるのが悲しいね。
ただの金蔓?ただの観客?それじゃ余りにも悲しい。コンサートでは、心が通い合った瞬間が確かにあったはず。何だか近づくほど遠くなるみたいだね。あの瞬間は、紛れもなく私たちだけの時間。求めて、求めて、救われて、また頑張れる気がしたよ。
そうやってここまで来たんだから、これからも変わらずにいられるはず。 ただ、堪らなく寂しい。全て真夏の夢ならいい。近づくほどに遠くなるみたい、とはよく言ったものです。もはや私の出る幕はない。
いっそのこと、全てから離れたい。離れられたらどれだけ楽だろうか。どこかで息をしてくれていたらそれだけでいい、そんな健気なことを思っていた時もありました。今もその思いは変わらないけれど、近くで息をしていて欲しいんです。私の側で。
勝手に期待して、失望して、マルマルモリモリの言う通りですよ。でもね、マルマルモリモリ、分かったようなことを言うな。そんな言葉で片付けられたら、心なんて要らないんだよ。まだ早いよ、マルマルモリモリ。そう考えたら、ひりひりするようなラップもいつか私の心に届かなくなるのかね?
空の青さに泣けてくるような時、一体どうしたら傷つかないでいられるのか考える。生きていること自体が悲しみなんだ、ということに気付いた時、悲しみを深く醸造しないでいられる方法を探る。
そうやって、そんな面倒な自分に折り合いをつけて、何とかやり過ごす。それしか道がないから。ふとした瞬間に悲しくなって立ち竦んでいても、誰も助けてなんてくれない。
幼少期に近所の薬局のおじさんとおばさんに「将来は医者か弁護士だね!」と太鼓判を押されたのに、結局何者にもなれなかった私。そして三十歳という若さで散った青年。私たちの時間は決して交わることはなかったけど、同じ時を生きていたんだね。
かけがえのない、私だけの時間を。与えられた永遠とやらは、結局自らを終わらせなければ得られないのかもしれない。遅かれ早かれ、いつかは全て終わります。
どうかその時まで、星々の悲しみをそっと抱えながら、ひっそりと生き続けること。どこかで息をしている大切な人を胸に抱き続けること。それだけでいい。それしか出来ないけれど、それでいい。誰も悪くないよ、きっと。