あの人に会える

「あの人」ってどの人?ひみちゅ~!こんばんは。全身にガタが来ており、瀕死の重症。あちこちに湿布やら休足時間やらを貼っております。実は休足時間ではなく、休足休眠デース(廉価版なり♪)

 
テンションがおかしいので、ひとつ真面目なお話をば。先日、テレビで自称看護師がライブのために遠征し、「緊急事態宣言の意味ないと思います!(キリッ)」と言っておりました。
 
トホホ。緊急事態宣言に意味を成させていないのは、あんたらの行動のせいに他なりません。自身の立ち位置不明。何でも国が悪いんか?ノコノコ遠征すな!近場で我慢しろやボケ!と思った次第です。
 
国がー!おのれガースー!ってさ、じゃあオバハンがやってみれ。口だけならなんぼでも言えるわい。皆、無責任だと思います。文句を言うのが権利だと思っているし、言わなきゃ損くらいに思ってるのかね。
 
私だって思うところはありますが、だからって開き直って遠征したり、お店でお酒を飲もうとは思いません。意気がるのも大概にせえ。どうも「声をあげます!」みたいな風潮が私にしてみれば的外れというか、トンチンカンに見えるんですよね。
 
コロナ対策然り、女性の権利云々然り。全てごちゃごちゃうるさいなあ、という感想です。またまたテレビのお話をば。先日のドキュメント72時間、熱帯魚ショップ編。自称、獣医の娘の女性が、自身の子どもにごちゃごちゃ言っていて辟易しました。
 
彼女は親が経営する動物病院に運ばれてくる動物たちの惨状を沢山見てきたそうです。 それは飼い主の無責任さや、無知さからくるものであったり、ラジバンダリ。
 
だからか、魚を100匹欲しいという娘に対し、「バームクーヘン一人で全部食べられないんだよ?100等分だよ?それでもいいの?」やら何たらかんたら。とにかく、生き物を飼いたがる自身の子どもたちにごちゃごちゃと言っておりました。
 
自分の手で育ててみて、初めて分かることもあるでしょう。自分で育てて、考えて、必ず訪れる別れに涙する日もあります。でも、だからこそ、命というものの奇跡に触れられるのではないでしょうか。
 
「バームクーヘン100等分だよ!?」と言われてもねえ。惨状を見てきたのなら、自分の子どもには教えられることが沢山あるんでないか?バームクーヘンを例に畳み掛ける母親に対し、魚が欲しい娘っ子は嫌気が差した様子。
 
「じゃあいい、いい。」と会話が半ば強制終了。あんな風に畳み掛けられたら話す気なくなるよ。「ごちゃごちゃ言う」ということがいかに人の気を削ぐのか考えてみれ。そんな私もおしゃれツイッタラーにごちゃごちゃ言っていて申し訳ないです。ペコリ~!(ゴリエ)
 
「あれはマンスプレイニングだよね!」「ミソジニーだよね!」「トキシックなんちゃらかんちゃらだよね!」と言ってキャッキャ騒ぐのもさ、何か違うんよ。言葉が分断を煽っているように見えますぞ。
 
よく分からない横文字で行動を括り、差別化し、男女を分断すなよ?あんたらがやっていることの方が差別的じゃい。男女の問題ではなく、個々人の意識や感性の問題だと思います。
 
「男の人は~」「女の人は~」と主語を大きく語るのではなく、一人の人間としてどうなのか、ということぞ。詰めるなら「人としてどうなん?」と詰めないと。そんなに詰めたいのなら。
 
私は同性から同意を求められるように「まさにミソジニーだよね!」などと言われても「お、おう…」としか言えないと思うんです。その言葉だけが一人歩きし、その背景にある社会構造は置いてきぼりと言いますか。
 
言葉は社会を分断するためではなく、構築するためにあると思うんです。言葉を駆使しようとする前に「マンスプレイニングですね!」と言って、おしまい感がありませんか。それは余りにも寂しくはありませんか。
 
彼女たちの言い分も分からなくはない。分からなくはないが、大切な人を大切にする、それだけでいいというわけにはいきませんかね?どうも事象を複雑化し、ややこしくして対立構造を煽る連中が目立つなーと思った秋の日です。
 
長々と失礼しました! おやすみんぎゅ(ワン)